【小説】ブリキロケット


僕もいよいよこの町を出る。

ハタチも超えた。
お酒も飲める。
タバコも吸える。
別に好きじゃないけど。

背も伸びて、為になることも、ならないこともいっぱい覚えた。
この町を出て、東京の小さな会社に就職をする。


段ボール箱を並べ、荷造りを始める。
昔よく遊んでいたオモチャ、昔よく読んでいた漫画。
なんだか、改めて見ると、本当に必要なものなんてそれほどなかった。


相変わらず時間にルーズな癖は治らない。
明日には家を出るのに、一向に片付かない押入れの中。
棚の隙間の一枚の紙切れが目に留まった。


【200XX年X月X日 XX君がずっと幸せでありますように】


懐かしい丸文字で書かれたその紙切れは、ひどく痛んでいて、文字を読み取るのもやっとの状態だった。



僕の町では毎年、夏になると日本有数の花火大会が行われる。
全国各地から見物客が訪れ、地元の商店街も年に一度の大賑わいを見せるのだが、僕はそれを快く思っていなかった。
花火なんて別にどうでも良かったし、駅は混雑するわ道路は通行止めになるわで迷惑に感じていた程だ。
今もあの頃と変わらず、人ごみは嫌いだ、うるさいのも嫌いだ。

ただ

ただ一度だけ。

あの日、雲ひとつなく晴れ渡った、夏の終わりの日曜日。
僕は初めて君と二人きりで花火大会へと足を運んだ。
君とは親同士のご近所付き合いで、何度か話したことや、一緒に遊びに出掛けたことはあった。
でも、二人きりで出掛けるというのは初めてだった。
まだ中学生になったばかりで、電車の乗り方もよくわからず、僕達は二人自転車をこいで会場へと急いだ。
河川敷は既にたくさんの人で溢れかえっていて、僕達は橋桁近くのガードレールの前を陣取ることにした。

まだ花火開始までは随分と時間がある。
僕はここにきて初めて気づいた。
これから一時間ほど、君と二人きりで花火が打ち上がるのをただ待つことになる。
会話がなくなるのが怖くて、僕は自動販売機へジュースを買いに行くと言いその場を離れた。
それも結局5分と持たず、僕はゆっくりと来た道を戻り、君にスポーツドリンクを渡した。

「そういえば……」
「なんだか、この感じ。ロケット公園で初めて遊んだ日のことを思い出すね」

君はそう呟いた。
僕と君の家のちょうど真ん中には、いつも人のいない寂れた公園があった。
やけに目立つ派手な色したジャングルジムと、ブランコがあるだけで閑散としたその広場は、ジャングルジムのてっぺんに飾られたロケットの置物を称してロケット公園と呼ばれていた。
親同士が喋ってる間、暇つぶしによくそのジャングルジムに二人で登り、それぞれの家の方角を眺めていた。
その時も確か、僕はなんだか落ち着かなくて、ジャングルジムを登ったり降りたりしていた。
君はそれをただ眺めて笑っていた。


ゆっくりと地平線に太陽が沈んでいく。暗くなるにつれ、少しづつ気温も下がってきた。
突然、はじまりの合図を告げる一発が打ち上げられる。
心臓が止まってしまう程の轟音が当たりに鳴り響く。
これほどまでに目の前で花火を見るのは初めてだ。
その迫力に歓声が混じり合う。
そして次々に打ち上げられる花火。
夏の匂いと火薬の匂いが辺りを包み込む。

この花火大会の最大の目玉である。空を赤く染め上げる超巨大花火の発射アナウンスが流れる。
尾を引いて、これまでのどの花火より高く、遠くへと飛んでいく花火玉。
夜空を真っ赤に染めて火の粉が降り注ぐ、拍手が至るところから巻き起こる。

その時、ほぼ同じタイミングで僕達の頭上に何かがぶつかった。
慌てて地面に落ちたそれを確認すると、燃え尽きずに空から落ちてきた、花火玉を包んでいた皮のようだった。

これがさっき空で爆発していたのか……。
一人感心してると君が話しかけてきた。

「ちょっとそれ貸して」

君はその少し焦げた包装紙を、自らの頭上に落ちてきた物と、そっと照らし合わせた。

「ねぇ、すごくない?この紙とこの紙、同じ花火の皮だよ」

確かに二つ並べたその紙は綺麗に破れた切れ目が重なっていた。

「きっとさっきの花火の一部だよ、すごいね、これだけ広い会場の色んなところに落ちてきてるのに、
偶然この二つは隣同士、ここに落ちてきたんだよね」
「これは思い出にとっておこう、お守りにしよう」
「後で返すからちょっと借りるね」

君は物凄く嬉しそうに、そう話して大事にその破片をポケットにしまい込んだ。


花火大会は無事終了し、溢れかえる人ごみを尻目に、僕達は一目散に自転車に飛び乗り会場を後にした。
初めての光景に感動した僕達はやけに興奮して、大声で感想を語り合った。

家の近所のコンビニで君は少し待って欲しいと言い、僕はトイレにでも行くのだろうと
駐車場の隅で君を待った。


すぐに君は戻ってきた。
黒のマジックペンを一つ購入して。


【200XX年X月X日 XX君がずっと幸せでありますように】


「私の分は君が書いて」

「うん」


少し焦げた包装紙に僕は丁寧に丁寧に同じ言葉を綴った。


震える手で、ゆっくりと綴った。



本当は



【200XX年X月X日 君とこれからもずっと一緒にいれますように】



って書きたかったから。

最後まで僕は迷ったんだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それからは、どこにでもあるようなベタな展開だった。
君はお父さんの仕事の都合で引越しをすることになり、転校することになってしまった。
最大のチャンスに勇気を出せなかった僕がその後、君に想いを伝えられることは結局なかった。
ただ何となく、お互い、好きだったんだと思う。
一緒にいて、本当に楽しかったから。
でも、今となっては何も分からない。結局最後まで僕は何もできなかったんだから。


あれからずいぶん時が経った。
まだ引越しをしていなければ、君は今も東京に住んでいるはずだ。
偶然、僕も明日から東京で新しい生活を始める。
本当に駆けずり回って情報を聞きだせば、君とまた、会えるかもしれない。

また話せるかもしれない。


でも、辞めよう。
なんだか分からないけど、それは違うと思う。

今日も同じこの空の下、お互い元気でやっているなら、それでいいかなと思う。
ただ理由もなく、漠然とそう思う。


段ボール箱を並べ、荷造りを始める。

昔よく遊んでいたオモチャ、昔よく読んでいた漫画。
もう必要ないものを紐で縛りクローゼットの奥へと積み上げる。

それでも捨てることはできない紙切れを眺めていると、きっと優柔不断なこの性格は死ぬまで治らないだろうなぁと思った。
そっとクローゼットの扉を閉める。





ふと、時計を見ると日付が変わっていた。


静かに、気づかないうちにそっと、新しい一日が始まっていた。


僕はいよいよこの町を出る。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】ブリキロケット

閲覧数:609

投稿日:2011/12/17 14:53:29

文字数:2,883文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました