西の果てに住む占い師の男、彼を殺すことが僕の仕事。

彼が殺される理由。
それは、世界を生きるものすべての未来を知っているからだ。

彼に恨みはない。
だけど、母の薬代を稼ぐ為、7つで僕は初の人殺しをする。

出来るかどうかわからない。
でも、そしたら僕は、母を見殺しにするのだ。

彼を殺せば人殺し、殺せなければ母を見殺しにする。

僕は、なぜこんな運命の中生きているんだ……。



そして、僕は彼に会った。

探す必要はなかった。

西の果てへの最後の一本道、こちらへ歩いてきたのが彼だった。

僕の目の前で立ち止まると、
彼は僕を見据え、「なぜ殺すの?」と言った。

恐ろしかった。

彼には未来が視えているのだ……。

これでは僕は、母を見殺しにする他ない。

けれど、彼はこうも言った。

「君は騙されているよ」と。



違う。僕を騙そうとしてるのは彼だ。
彼は殺されたくないに違いない……。

そう思い、憎しみを込めて睨み返す。

けれど、その時彼がした表情に、僕は凍りつく。

彼は、僕に微笑んだのだ。



そして、彼はこうも言った。
「君は俺の息子だ。殺せば、必ず後悔する」

その言葉は嘘ではない。
なぜか、そう感じた。

なぜなら、哀しそうに笑ったから。



「君の母親……。つまり、俺の妻は、俺が怖いんだ。そして、いつ目覚めるかもわからない君の存在も消したい」
「なぜ……?」

「君が俺の息子だから。血を継いでいるから」

(僕も予知できるようになる……?)
でも、今の僕には、なんの力もない。

信じてはいけない。
(敵だ!!)

「母さんは病気なんだ!」

「それが人殺しをしていい理由……?」

彼が言ってるのは正しい。
僕が間違おうとしている。

「だって」
「だって、何?」

「……もし母が!」
「それでいいの?」

僕はほんとに殺すのだろうか?
初めて会った彼を。

父親かもしれない人を……!

「ひとつ、予言をしよう」
「!」

「君は、俺を救えない」

じわりこみ上げた熱。
頬に溢れるもの……。

「なぜだと思う?」
「……わからない」

「俺は君に殺されなくても死ぬんだ」
「……」

「こうして、ね」

彼は僕の腕を引くと、自分の背中に押しやった。
そして、両手を広げ、前へ一歩……。

彼の胸に、一本の矢が刺さった。
それは毒矢だった。

「ほんと、役立たずね」
声の方を向き、えっと目を見開く。

そこには、深いため息をつく母がいた。

「母さん!?」
「……」

「自分の……」
地に片膝をつくと、彼は母に微笑んだ。

「俺は、君らを愛してる……」

「黙れ!!」
彼を睨み、叫んだのは母だった。

「母さん……」
「違う」
「え……」
「あたしは女だ! 母じゃない!」

青白い顔をした母は、
ゆっくり彼に歩み寄り、抱き包んだ。

そして、涙をスッと流し、脱力した。

何が起こったかわからない……。

「彼女が俺ひとりを殺したかったのは嘘だ」
「え」

「一緒に死にたかったんだよ……。自分の死期を知って」
「なんで!!」

「だけど、俺は死なない」
「……」

「毒矢を受けることも、彼女が来ることも、彼女が死ぬことも、最初から決ってたんだ」

(死んだ……?)

「母さんが、死んだ?」
「ああ」

「……」

「……何がしたかったと思う?」
「そんなの」

「ほんと彼女はバカだよ……。最期に温もりが欲しかったんだ」

だから、彼を抱きしめた。
殺そうとして殺せなくても、後悔した顔ではなかった。

幸せそうに微笑みながら、息を引き取った。

ハッとする。
「毒矢は!?」

彼は苦笑する。
シャツの胸元をバッとはだけると、そこには凹んだ十字架がぶら下がっていた。

彼は死なない。
彼は生きている。

だけど、

「どうしてさっき、救えないって……」

「君には、俺は救えないよ」
「何で!!」

「愛した人の温もりを感じて、もう開かない瞳を閉じさせて、誰に俺が救えるって言うんだ!!!!」

彼が激昂したのはそれが生涯ただ一度。

「君がいるから死ねないんだ。苦しいよ……」

その時わかったんだ。
母が僕を殺そうとした理由が。

彼にかばわれなければ、僕は死んでいた。

そしたら、誰も残らなかった。

けど、僕がいるから死ねない。
彼はだから救われないって言ったんだ……。

「僕は……」
「元の世界に帰るといい」

髪を撫でられて、僕は思う。

「生きるよ」
「!」

「あなたがほんとの父さんなら、僕は逃げずに戦うよ」
「俺は、未来を知ってる……」

父はずっと辛かったのだ。

こんな場所にひとり、苦しんできたんだ。
一緒にいて幸せだって、言ってあげなくちゃ!

「未来は変わらなくても、気持ちは変えられるよ!」
なんで、そんなこと言ったのかわからない。けど、

その日初めて見たんだ。
父の嬉しそうな涙を。

何年かかってもいい。それこそ一生かかっても。
僕はわかっていこう。

父を、母を、自分を。

いつかすべてを知ったなら、父をほんとに癒せると信じて。
end

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彼はすべてを知っている ☆ショートストーリー

閲覧数:193

投稿日:2017/09/07 04:46:26

文字数:2,128文字

カテゴリ:小説

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