「はいはい、じゃあ着替えたら居間に来てね」
背中越しに、母さんの呆れたような声が染む。
私の気まぐれにはもう慣れたとも言わんばかりだ。

顔を叩くのは水に近いくらいの温度にまで冷やされた水の粒。
火照ったまぶたの上で跳ねるのが心地よい。
顔にあたるのは冷たく痛いのに、体にまで流れ落ちるときには温まって伝う。
こうしてただシャワーを浴びていると、無心でいられる。その実、いろいろと取り留めないことを考えてはいるのだけど、次の瞬間には覚えていない。
けれど、シャワーを止めると冷えた体を包む温い空気とともにじわり、と慙愧の念がこみ上げる。
「っ」
その気持ち悪さに堪えきれずしゃがみこむ。
吐きたい訳ではない。喉に詰まって取り出せない、這いずり回る言葉の数々が、しゃがんででも押さえ込まないと叫びとなって出てきそうで。
そしてまた、泣いていた。
不甲斐なさに。自分への嫌悪に。
金魚のようにただ口をぱくぱくとさせて、頬の頂点から床へと落ちる熱を見ていた。

「よし、もう平気っ」
表情のどこにも火照りが残っていないことを鏡で確認をして、風呂場を出る。
鼻の奥にじんわりと痺れが残っている。でも、それはきっと取れることはない。取れない方がいい。
余計な事を考えないで済むようにわざと流行りの明るい曲を口ずさむ。
「瀨知、いつまで風呂に入ってんだ!」
廊下の向こうから父さんの声が響いた。
言い方は乱暴だが、声音には酔いが混じってる。機嫌は悪くなさそうだ。
「今、出るー!」
負けじと叫び返して、持ってきたバスタオルで水滴を拭い、タオル地のパーカーと短パンのセットを身に付ける。
良く言えばボーイッシュ。これが気に入ってるのは、単に楽だから。
髪の雫が床を濡らさないよう、バスタオルを肩にかけたまま、父さんと母さんが居るであろう居間へと向かう。
居間から聞こえるのは機嫌良さそうに話す父さんの声。縁側の奥からは気の早い鈴虫の泣く声。
ふと、あの人のことを思い出した。
彼女が着せてくれた浴衣を、毎年褒めてくれたお兄ちゃん。
似合うよ、と優しく頭を撫でてくれるのが他の誰に言われるよりも嬉しかった。
高校を出る前に、あの人は留学のためにこの村を出たらしい。
夏休みにしかここに来ない私には、サヨナラ、も、頑張ってね、も言う機会はなかった。機会があったところで、夏にだけ子守をするあの人には、迷惑なだけだったかもしれないけど。
ぷぃ~ん、と耳の近くで嫌な羽音がした。
感傷で彼らの食欲を満たしてなるものか。
居間までの数歩を足早に進み、障子を引く。
「出たよ」と言う筈の口は半開きのままで、父の対面の笑顔を凝視した。

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青をかえして

ぽちぽち書きはじめ

頭の中では終わっているので、書く時間が見つかればぽつぽつ書いていきます。

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投稿日:2015/02/02 22:19:38

文字数:1,103文字

カテゴリ:小説

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