短い秋が足早に通り過ぎ、色とりどりに染まった街路樹の葉が北風に煽られて舞い散る季節。
一人の少年がとぼとぼ街を歩いていました。
どこかで転んだのか、ズボンの片方が擦り切れ、覗いた膝小僧に血が滲んでいます。
しかし、今の彼にとっては怪我をしたことなんか、さっきやらかした大失態に比べたら
些細なことでした。
考え事をしていたとはいえ、正面から近づいてくる自転車に気付くのが遅れて思いっきり
よろけて転んでしまい、その拍子にポケットから飛び出た銀貨は坂道を転がり落ちて、
冷たい川の底へと消えたのです。
それは彼が働く工房で、工員達の夕食となるパンを買うため親方から預かった大切なお金でした。
お金が無ければパンは買えないし、だからと言ってこのまま工房に戻れば親方に殴られるのは
分かりきっているし、弁償しようにも給料日を明日に控えて彼の財布は空っぽ。
ケチな親方は、たったの1日だって給料の前借りを認める筈がありません。
「はあっ・・・」
少年は深くため息をつきました。
パンを買いに行くのは彼の日課でした。
街中にパン屋はたくさんあり、工房のすぐ近くにも1軒あるのですが、
親方は街で一番値段が安いという理由で、わざわざ片道30分もかかる
街外れのパン屋まで少年を使いにやるのです。
そのくせいつも「帰りが遅い!」と怒鳴りつけるものだから、少年はこのお使いが
毎日嫌で仕方ありませんでした。
しかし、そんな彼にも密かな楽しみがありました。
それはパン屋に行く途中にある平屋建ての病院。
夏の終わりの頃のある日のこと。少年がいつものようにパン屋へと急いでいると、
いつもは閉まっている南端の病室の窓が開いていて、その窓際に
ベッドから上半身を起こした一人の少女の姿が見えたのです。
白い肌と、胸元まで伸びた金色の髪。
そのあまりの可愛らしさに、少年は思わず足を止めました。
そこは、この街でも一握りの金持ちしか掛かれない病院でしたから、
彼女が自分なんかとは住む世界の違う人間だということは分かっていました。
だから少女と目が合ったような気がした瞬間、少年はすぐに下を向いて足早に
その場を立ち去るしかありませんでした。
次の日に少年が病院の横を通ったとき、その日は曇っていたせいか、窓は閉まっていました。
ところが帰り道、窓が開いていることに気付いた少年がそちらに目をやると、
少女がこちらを見て微笑んでいるのです。
少年はどきりとしましたが、それでもぎこちない笑顔を返し、帰り道を急ぐのでした。
次の日は雨でした。
傘をさしてパン屋へ急ぐ少年が病院の前まで来ると、閉まっていた窓がすうっと開いて
少女が顔を出しました。
少年が思い切って少女に手を振ってみると、彼女も微笑みながら手を振り返しました。
そんなささやかなやり取りがしばらく続き、秋も終わりに近づいた、ある日のこと。
その日はどういう訳か、窓は閉まったまま全く開く気配がありませんでした。
変だな・・・と思いつつもパン屋へ行き、帰り道にもう一度見てみても、やはり窓は
閉まったままでした。
次の日も、やはり窓は閉まっていました。
少年は気が気ではありませんでしたが、彼には少女がどうなっているのか知る術がありません。
しばらく門の近くをうろうろしていると、その病院で働いているナースらしい女の人が
通りかかったので、少年は思い切って尋ねてみました。
「あっ、あの! すみません。」
「はい?」
「あそこの端っこの部屋に女の子がいたと思うんだけど・・・」
「・・・ええ、確かにいますけど、あなた彼女とどういう関係?」
ナースはみすぼらしい身なりの少年をじろじろ見ながら応えます。
「とっ・・友達なんだ! いつも窓から姿が見えるのに、昨日から閉まったままだから、その・・・」
友達と聞いて、ナースは怪訝そうな顔こそしたものの、少年の真剣な様子に嘘はないと思ったのか、
少女のことを話してくれました。
「知ってるかもしれないけどあの子、心臓が悪くてね。
ここに来てからしばらくは良かったんだけど、昨日また酷い発作を起こしたのよ。
今日は少し落ち着いてるみたいだけど・・・このままだと長くないかもね。」
「そんな・・・」
「それじゃ、私は忙しいからこれで。」
ナースは立ち尽くす少年にそういい残すと、建物の中へ消えていきました。
少年は目の前が真っ暗になったような気がしました。
病院にいるのだから健康ではないのは判っていたけれど、まさかそこまで悪かったなんて・・・
しかし、同時に不思議にも思いました。
毎日目を合わせるだけで、話をするどころか相手の名前すら知らないのに、
何故こんなに気になるんだろう・・・と。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、少年は再びパン屋への道を歩き始めました。
このままここにいても、できることは何も無かったからです。
彼が災難に見舞われたのは、その直後のことでした。
【二次創作】僕の君の心臓 (第1章)
[プロローグ]
その少女は あとわずかの命でした
心臓が罅割れていて 治すことはできません・・・
半人前の少年は この世界が嫌いでした
微笑みを返してくれる 少女だけをのぞいて・・・
(前書き)
人工モノクローム(詩:八白 曲:でっち)さんの「僕の君の心臓」を聴いてるうちにいてもたってもいられなくなり、勝手に想像を膨らませて書いてみました。
文章力が無いのは自認していますし、数年ぶりの小説なんで正直他人に読んでもらうような代物ではありませんが、もしよろしければ感想などいただけると嬉しいです。
八白さん、でっちさん、素敵な歌をありがとうございました。
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Re:sui
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