なのに、何故君は。
<王国の薔薇.7>
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
何度も自分に言い聞かせる。
人々を変化させているもう一つの原因、それが処刑。
広場で、昼過ぎに、わざわざ人を集めた目の前での断頭刑―――晒しもの。
でもそれは今や普通のことで、日常茶飯事とさえ言える。
それはよく考えれば、一日に一人位のペースで人が公開処刑に付されているということだ。実際には、僕が街に出たときに二人以上が引き出されたことも幾度かある。
しかも今日の処刑を見るに、無実と思われる被害者もいるようだ。
こんなの、憎まれない方がどうかしてる。
リン。
リン、一体君は何を考えているんだ!?
口元を手で押さえながら、何とか前に進む。
いくら気分が悪かろうが、僕は自分の用事を済まさないと帰れない。
ふらふらと方向感覚を無くしたかのようにふらつく足を叱咤しつつ、ひたすら歩く。
行きつけの店に行かないと。どんなものならリンが喜んでくれるか、きっと相談に乗ってくれる。
角を右に、まっすぐ、まっすぐ、左、に、
・・・くそ。
酔ったかのように用を成さない頭を冷やそうと大きく息をつく。
まだ人気が少ないのをいいことに、壁に寄り掛かって体を休ませてみる。
うん、こっちの方がずっといい。
しばらくそうして無為に時間を過ごしていると、視界にふわりとなにかが映った。
―――なんて優しい緑。
意識せずに視線がその色を追う。
長い髪。しなやかな腕。優しい笑顔。
とても透明なその笑顔――――
ああ。
僕は酷く冷静に考えた。
世界にはこんな人もいるのか・・・。
見た瞬間目が離せなくなる。
それはリンに感じたことがある感覚ではあったけれど、それとも全く違うものだった。
無性に胸がどきどきする。
なんだろう、これは。
と、見つめていた少女が誰かを見つけて駆け出した。
小走りに進むその背中で、結ばれた髪が跳ねる。
そのまま彼女を目で追い―――僕は本気で驚いた。
立ち止まった彼女が話し掛けている相手、それは。
―――カイトさん?
あれ、なんで彼がここに。
どうも事情が飲み込めなくて、僕はそのまま彼等を眺める。
そこでカイトさんの表情に気付いた。
心から幸せそうな、優しい笑顔。
『彼女とは、その、街で偶然会ったんだ。隣の国の人でね、商家の娘さんなんだって』
『街で、ですか』
『恥ずかしながら一目惚れで。・・・すごく綺麗な人なんだ。外見や心だけじゃなく、何て言うのかな、纏う空気が綺麗なんだよ』
『・・・』
『っ!うわ、ごめんレンくん、つまらないよね?』
『いえ、なんというか、なかなか想像できなくて』
『だよね。ごめん、気にしないで』
あー、つまりあれはデートかな。
・・・なるほど。失恋、かあ・・・
数秒の恋だったなあ。
でも流石に彼に敵うとは思わない。いや、もしかしたら勝てるのかもしれないけど、そもそも彼とあの人を取り合う気にはならない。
あの二人が幸せそうなら・・・・いいか。
きっと破局もなく幸せな家庭を築くんだろう。まるでお伽話の終わり方みたいに、それから二人は末永く幸せに暮らしました、ってね。
僕は自分で考えたことにちょっと笑った。
王子様とお姫様。地位とか考えれば彼等はずっと下なんだろうけど、本当にぴったりだ。相手の人のことは良く知らないけど、あれだけカイトさんが惚れている相手だ。きっと相応にすごい人なんだろうな。
人柄だけじゃなくて頭も良さそうだし、何だろう・・・完璧なカップルというか。
あんな人達がトップにいればなんでも上手くいくだろうに。
そう、きっと、リンが王女であるよりも。
・・・・え?
はっとした。
今、僕は何を考えた?
リンが王女として彼等より不向きだと―――?
―――いや、それはきっと真実だ。
暗澹とした思いが胸を満たす。
リンが普通の女の子として育っていたなら、全てが変わっていただろう。
あの子はきっとまっすぐに生きていけたに違いない。
ああして憎まれることもなく・・・
ぞわり、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
このまま全てが進んだら、リンはどうなる?
暴君としてその人生を全うするっていうのか?・・・そんな。
王宮の中だけで生きなにも知らないまま死んでいく、それは彼女にとって幸せだって言えるのだろうか。
僕がすべきことは何だろう。
僕が出来ることは何だろう。
『レン!』
どうしたらリンは幸せになれるんだろう。
僕の頭の中に、その問いはぽっかりと浮かんだ。
「嬉しそうね?」
「そう、でしょうか」
「ええ」
王女に手に入れた品を見せに行き、開口一番に言われた言葉がそれだった。
「何かあったの?」
「何かと言うほどのことは何も。昔の知り合いを遠目に見掛けただけです」
嘘は言っていない。
「ふうん・・・そうね、レンにはあちこちに知り合いがいるのだったわね」
呟くように口にして、リンは微かに目を伏せる。
その仕種に、何となくいつもと違うものを感じた。はっきりとどう違う、とは分からない。でも何かが違う。
伺うようにリンを見つめていると、彼女は不意に顔を上げた。
多少面白がるような顔付きだ。
「でもレン、ただの知り合いを見ただけでそうなるものかしら。もしかして意中の相手なのではないの?」
「意中・・・残念ながら相手は男です」
「そうなの?でも意外とレンの趣味が」
「おかしな方向に持って行かないでください。青の国の貴族のお一人で、カイトさんと言う方です。確かに顔立ちもお綺麗ですがそういう話にはなり得ません」
あおのくに。
リンの唇が声に出さずにそう呟く。
「海の向こうの国ね。・・・どんな方?レン、貴方の見解を言ってみなさい」
「そうですね」
僕は少し考えた。
出来るだけわかりやすい言葉が良い。
「在り来りですが、優しくて強い方です」
「そう」
どうやら僕の答えはリンの気に入ったようだ。
彼女は少しばかり優しげな笑みを浮かべて、視線を大きな窓へと移した。
いくら大きい窓であれ、そこから市井が見えることはない。
窓から見えるのは、ひたすらに美しく平和で単調な王宮の庭と空だけだ。
夕暮れの赤に染まり始めた世界を眺めながら、リンはぽつりと口にした。
「そう・・・カイトさんというのは、そういう方なのね・・・」
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