13
「位置について、よーい」
パァンッ。
私は――高校二年生になった私は――その音とともに勢いよく走り出した。
学校からは離れたところにある、大きな競技場の四百メートルトラック。インターハイの地区予選大会だった。
トラックを四周弱する千五百メートル走は、カーブがあるせいでスタート位置はそれぞれバラバラだ。だから、スタート直後はいったい誰が早いのかはよくわかんない。
でも、周りのことなんて気にすることなかった。私は、ただ前をむいて走り続ける。
今は、それだけでいい。
……結局、私が陸上を再開したのは高校に入ってからだった。
中学二年で陸上部をやめてしまったけれど、悠とのことに区切りがついてから、またやろうかなって思った。けど、やめてしまったところに入り直すのは、なんだか気が引けてしまって高校まで再開できなかったからだ。
その間、私は勉強をがんばるようになって、中の下くらいだった成績は、中学三年になると学年上位に入るくらいになった。
髪は、整えるくらいであれからほとんど切ってなくて、ずいぶん長くなった。
今は、運動するときだけ髪をしばってポニーテールにしている。
また昔みたいに短くしたほうが、軽くなるしジャマにもならないし、いいのかもなぁって思うんだけど、なんとなく切る気にはならなくてずっとのばしてる。
――気づくと、レースはもう後半だった。
私の前を走っているのは……三人いる。
三周して、あと残り三百メートル。
私は、残っている力をふりしぼって全力疾走した。
周囲の音が消えてなくなる。
歓声がなくなっちゃって、聞こえるのは私の呼吸とランニングシューズがトラックを蹴る音だけになった。
残り二百メートル。
最後のカーブだ。
視界が狭まる。
観客席もなくなっちゃって、他の選手もいなくなる。私の目に映ってるのは、トラックのレーンと青い空だけだった。
ラスト百メートル。
ただまっすぐ、前だけを見る。
とうとう身体の感覚さえなくなっちゃって、走ってるかどうかもあやふやになった。私はふわふわと浮かんでるみたいな感じになっていた。
『未来』
そんな声が聞こえた瞬間、幻聴だって思った。
あのころ、私がずっと見ていた彼のなつかしい声。
『――大好きだよ』
それは幻聴だってわかってても、思わずびっくりしちゃった。
そうやって、はっとしたときには……もうレースは終わっちゃってた。
スピードを落として、立ち止まる。
自分のタイムも、順位も、ぜんぜんわかんなかったけど、でも、なんだかすっきりしてた。
よくわかんないけど、もやもやしてたのが晴れた感じ。
走り終えて陸上部のところへと戻ってくると、みんなが「お疲れさま」とか「おしかったね」とか声をかけてくれた。そこでやっと自分の成績を知ったんだけど、タイムはもうちょっとで自己新記録で、順位は三位だったらしい。
でもほんとに、そんなのどうでもよかった。
ただ、気持ちよく走ることができた。悔いのない走りだった。それだけで、十分だったんだ。
しばらく他の人の応援をして、それから息抜きに競技場の外に出た。
競技場は結構広い運動公園の中にあって、私たち以外の人も結構いるみたいだった。
私はユニフォームのままで、体操服にも着替えてなかった。
あー、着替えてくればよかったかなぁ。
周りの人とすれ違うたびに視線を感じて、ちょっと気恥ずかしくなる。
陸上のユニフォームって袖がないし、足もほとんど隠れてない。競技場内にいるときはそれが当たり前だったから気にならなかったけど、外に出てみるとちょっと素肌出てるところが多くて恥ずかしい。学校のジャージを着てくればよかった。
……みんなのところに戻ろうかな――。
そんなことを考えてたときだった。
私よりも頭一つ分高い男の人とすれちがう。
どきっとして、あわてて振り返った。
私服の男の人だった。
その人は、ケータイの画面を見ながら競技場のほうへと歩いていく。ときおり画面と周囲を見比べてるから、地図かなにかを見てるんだと思う。
――そんなわけない。
そう、思った。
当たり前だ。……彼は、日本にいないんだから。それに、あんなに背が高くもなかった。競技場へと向かうその人の背中は、私の記憶の中の彼とは一致しない。
……なのに。
……そのはずなのに。
なんなんだろう。全然違うのに、その人のまとう雰囲気は記憶の中の彼とうり二つだ。
「……悠、……?」
そこにいるはずのないその人の名前を、私は無意識につぶやいていた。
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