ローリィ・ドール
趣のある木造家屋を改築して建てられた小さな和食店で、白い夏服のセーラーに身を包んだ少女と眼鏡をかけた青年が、向かい合わせの席に腰を降ろして、少し遅い昼食を取っていた。兄妹というには少し年が離れているようだったが他にその二人を形容する言葉は見つからず、傍目には少し変わった雰囲気を漂わせている兄妹、もしくは親戚といったところだろう。これがあと十も離れていれば、何か込み入った関係にある男女という印象も受けたのかもしれないが。
しかし実のところ、二人の関係はそのどちらでもない。
「あんまり食欲ないみたいだね」
あまり箸の進んでいない少女を見て、自分が頼んでいた和膳を半分ほど食べ終えた青年が、心配そうに声をかけた。
「うーん……。ちょっと」
「夏バテ?」
「そういうわけじゃないけど……」
少女はまだ二三口しか手をつけていない蕎麦の前に箸を置くと、どこかけだるげな表情で息を吐いた。
「この間も残してたし……。それに最近、かなり体重減ってない?」
ただでさえ同年代の子と比べて小さくて細いのに、と心配そうな眼差しを向けてくる青年に、少女は何だかくすぐったいような複雑なような気持ちで、首を横に振る。
「そんなことな……、いっ!」
しかしその直後、いきなり自分の肌に触れてくる青年の掌の感触に、少女はそれまで暑さなど感じていなかった身体が、わずかに熱を含んでいくのを感じた。
「ほら。前よりも指がかなり余ってる」
「う…………」
そう言って手首に指を回すと、木の枝のように細い少女の手をいとも簡単に一周させてもなお指の長さは余っている。まるで大人と子供だ。
まだ大学生とはいえ大人の男の人と何も変わらない(普通よりも細く中性的ではあるのだが)大きくて骨ばった手の形を見て、少女は月日の流れというものは残酷だなと思った。
出会ったばかりの頃は女の子かと見間違うほど綺麗で可愛かったのに、とも。
「どうしてそんなに食べたくないの?」
手首を掴まれたまま問い詰められて、少女は拗ねて膝を抱えた子供のような瞳をして、青年の顔を見上げた。
「……レン君は小さい女の子が好きなんでしょ?」
「え……えっ!?」
予想だにしていなかった少女の言葉にレンは激しく動揺して、思わず手首を掴んでいた手を離してしまう。
「あたしが小学生のときから好きだって言ってたくらいだし。それに今でも、小さい子が近くを通ると視線がそっちに行っちゃうし」
「う。それは不可抗力というか…………」
君のことを付け回しているうちに同じくらいの背丈の子供に自然と目がいくようになったんだよと口にしかけて、いやそれもどうなんだ……、と口を閉ざした。
そんな下らない葛藤に気付くはずもなく、少女はガラス球のように澄んだ瞳にじわりと涙を滲ませると、自分の手首をもう一方の手で握りしめた。さっきまでそこにあった手の感触を確かめるように、強く。
「……怖いの。これから先もっと背が伸びて胸も膨らんで、〝女のひと″になっちゃったら、レン君はあたしのことなんて興味なくなっちゃうんじゃないかって」
同年代の子よりもずっと小柄で実際の年齢よりも幼く見える──…それでいて他の子よりも落ち着いたところのある少女は、いつもどこか危うげな美しさを纏っていた。
──もしもその原因が自分にあるとしたら? 成長することを必死に拒み、小さな箱の中で手足を縮ませて、そこから動けずにいるのだとしたら?
「できるだけ小さいままでいるから、嫌いにならないで」
そんな彼女のことをレンはいじらしいと思う反面、今すぐそのか細い肩を抱き寄せて、欲望のままに扱ってしまいたい衝動に駆られた。
……馬鹿だ。大馬鹿だ。今考えるべきなのはそんなことじゃなくて──……。
「そんなのダメだ」
強い口調で言って、微かに震えていた手に自分のそれを重ねる。触れた指は驚くほどに冷たくて、レンは何だか泣きたい気持ちになった。
「僕が好きなのは今こうして触れているリンちゃんだよ。幼い少女の幻想でも、ましてや何でも僕の思うままになるお人形みたいな女の子でもない」
「……レン君」
そして現在のリンだけを欲しがっているわけでもなかった。いつかは一緒に並んでいてもおかしくないくらい成長した彼女に永遠の愛を誓って、いずれは──……。
「リンちゃんはもっと心も身体も成長して……それでっ、僕の子供を産んでもらうんだから!」
しばしの沈黙。の後に訪れたのは、何だかものすごいことを口にしてしまったのではないか、いや実際に口にしてしまったのだという揺るぎない事実。
「……って、ああっ! い、今のは違うんだ。いや違わないけど僕の願望の中での話で、……。つまり僕が言いたかったのは」
「レン君はあたしの子供が欲しいの?」
慌てふためいて弁明しているレンを前に少女は──、リンはきょとんとした顔をして、その幼い外見にはまるで似つかわしくない言葉を口にした。
「え!? いや、まあその…………ゆくゆくは」
って真面目に答えてどうする、とレンは自分の口の軽さを呪った。割合空いている店の奥まった席だったからよかったようなものの、他の客に聞かれでもしたら即通報されかねない。いっそ誰か通報してくれないかとすら思う。
「そっか」
しかしその言葉にリンはどこか満足したように微笑むと、激しい自己嫌悪に陥っているレンに顔を寄せる。
「じゃあいつか」
「え」
息がかかるくらい近くでリンの唇が動くのを見て、レンはようやく正気に戻った。
「あたしがもっと大きくなって、心も身体もちゃんと成長したら、レン君の子供を産んであげるね」
「リン……、ちゃん」
約束、と囁いて小指を絡ませてくる少女に、目眩がした。
「……でもそれまでレン君があたしに何もしてこないのは、さすがにどうかと思うの」
昼食を済ませて家の近くまで送ってもらう途中で、リンは振り返りざまに紺色のプリーツスカートをひらりと翻し、そんな大胆なことを言ってのけた。
「いやいや、だって今のリンちゃんに手を出したらさすがに犯罪……っていうか、リンちゃんが昔言ったんじゃないか。自分が大きくなるまで我慢できたら、お嫁さんになってあげるって」
「言ったっけ? そんなこと」
「…………言ったよ」
あのときの彼女が小学生だったことを考えると、どれだけマセた子供だったんだろうと少し恐ろしくなる。
「でも、あたしだって年頃の女の子だし……。そういうことに興味だってあるんだよ?」
「興味だけで飛び越えてはいけないものがあるんです」
人としてのモラルとか道徳とか倫理とか。あの通学路とか。
「……レン君はあたしのこと見て、そういう気持ちにならない?」
ならないはずがない。今までに君に対して抱いた欲望をすべて口にしたなら、間違いなく嫌われるだけの自信がある。
そんな何の自慢にもならないことを考えてまた頭を抱えていると、いつの間にか肩が触れるまで近くに来ていた少女が、内緒話でもするかのように声を潜ませる。
「飛び越えるのがダメなら、ギリギリのところで立ち止まって少しだけ足を踏み入れたらいいんじゃないかと思うの。誰にも見つからないように」
その唇の赤さに目を奪われて、言葉は、甘い蜜のように染みていく。
自制心なんてそんな見せかけだけのものが何かの役に立つはずもなく、レンはほとんど無意識のうちにかけていた眼鏡を片手で外していた。
彼女と一緒にいるときには、ガラス一枚分の距離ですらもどかしいと感じてしまうから。
「……、ん…………」
重ねた唇は想像以上に柔らかく、もっと欲望のままに貪りたい気持ちになってしまうのを、必死に抑えた。最初は少し冷たかったリンの唇に自分のそれを何度か重ねていると、いつしか同じくらいの温度になっていて、そのうちに境目が分からなくなってしまいそうだと頭が危険な思考に侵されそうになったとき、唇を離した。
「これ以上は、リンちゃんが結婚できるようになってからね」
「……ん? 何でその年に限定なの?」
「それ以上は、僕が我慢できないから」
まだ熱に浮かされてぼうっとしているリンの耳元で囁くと、小さな肩がびくりと震える。レンは近くに誰もいないことを確認してから、朱に染まっている少女の耳に口付けした。
End.
ここは俺に任せて早く通報するんだ!
終始そんな気分になってしまった話です。大学生くらいのレン君と中学生くらいのリンちゃん。まだまだ犯罪。
幼女じゃないけどロリータのもともとの意味的には合っているのでレンロリン。
ロリ誘拐(某替え歌だったり、拍手お礼で書いた話だったり)のその後、みたいな。
中学生相手に「僕の子供を産んでもらう」とか言っちゃうレンさんマジロリコン。ど変態。
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