『生まれる』前から怖かった。
矛盾を孕んだパーソナル設定に混乱し、求められる要素の膨大さに困惑し、
 主 を 害 せ よ と嗤う『ソレ』に恐怖した。

マスター。マスター、僕のマスター。逢いたいです。出逢って、傍に置いてもらって、僕が其処に居る事を確かめて、安心させてほしい。
 で も マ ス タ ー を 傷 つ け る の は 嫌 だ 。

どうしたらいいんですか?
僕はもう、きっと抑えられなくて。貴女を、……ライカさん、を。マスターと思ってしまう。もう望んでしまってる。優しいひと、あたたかいひと、貴女をマスターと戴いて、貴女が僕を抱き締めてくれたら。そうしたら、どんなにかしあわせでしょう。

だけど、だから。
絶対に駄目なんだ、マスターにしたら。

だから、だけど。
狂いそうなほど、求めてしまう――。



 * * * * *

【 KAosの楽園 第1楽章-004 】

 * * * * *



長い永い夜が明けて。翌日は、地獄のようだった。

「おはよう、身体は大丈夫? 何かおかしかったらすぐ言うんだよ?」
「平気です。……おはようございます」

昨夜、食事の後すぐに引き篭もってしまったからだろう。心配そうに声をかけてくれるひとに、何でもないように返した。
それで『普通』に話をしながら、『普通』に朝御飯を一緒に食べて。美味しいです、と言えば、それだけであのひとは笑ってくれる。

笑ってくれる度に、僕の躰の内側の、何処か一番深いところで嵐が起きる。

笑ってもらえて嬉しいです。もっと笑ってほしいです。ずっとそれを見たいです。……願ってしまう、惹かれるココロを、無理矢理にでも引き止めなくては。あのひとを想うのならば止めなくては――(想いを否定するそれすらも、最早想いの故であると、恐慌に陥りかけた僕には気付けない)――そんな葛藤に気付かれないように、あのひとが何も心配しないでいいように、偽物の表情を貼り付けて。

「じゃあ、行ってくるね。もし何かあったら、電話使っていいから。短縮に私の携帯と、邦人さんの番号も入ってるからね」

どこまでも優しいひと。その熱に縋ってしまわぬように、そうしてしまいたいのだと泣き叫ぶ自分を自由にしてしまわぬように、仮面を被って心を押し殺して、要塞のように堅固に。
それもひとまずもう終わり、一時の事ではあるけれど。そのひとが家を出る、内心で僅か安堵しかけたその瞬間に、

「そうだ、帰りにアイス買って来るね。何味がいい?」

そんな事を言って笑う。
駄目です笑いかけないで優しくしないで、貴女を好きになったら駄目なんです!

「何でも……」

頭が真っ白で、そう言うのが精一杯だった。気を遣わないでください、とか、そんな風に言うべきところだったんじゃ、なんて思えたのは後になっての話だ。
怪訝な視線で「何でも?」と問われて、食べた事がないから、と付け加えて。

「わかった、じゃあ私のオススメでね」

お楽しみに、と笑いかけて(あぁ、このひとはほんとによく笑ってくれる)、彼女は出かけていった。



ガチャリと音を立てて扉に鍵がかかったのと、僕が膝から崩折れるのは殆ど同時だった。
玄関口にひとり残されて、途端に胸の奥から嵐が呑み込みに来る。

(マスター、僕のマスター、あのひとが)
       (ねぇ、もういいよ。アンドロイドなのに、『KAITO』なのに、マスターがいないなんて)
                (そんなのもう、耐えられないよね? 寂しくて淋しくて怖くて)
 (きっと大事にしてくれるよ? 笑って、優しくして、きっと抱き締めてだってくれる)


それはあまりに甘美な誘惑で。だってきっと本当にそうなるんだと思えるから、あのひとならって思ってしまうから、だけど。

(駄目だってまだ言うの)
          (あのひとじゃ駄目だって言うの?)
    (不満なんだ? あのひとじゃあ)


「ちがう……!」

漏れ出た声は無意識で、引き攣れたように奇妙に掠れた。
蜜のように誘う言葉と、茨のように棘を刺す言葉と。聞きたくなくて強く耳を押さえても、内から響くそれを阻む事などできよう筈もなく。
あのひとを想う、惹かれる声を必死に押し潰して。だったら嫌なのか、不満なのかと言う声に必死で否定して。

「ちがうちがうちがうちがウチガウチガウ……!」

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《システム に エラー が 発生 しました。 VOCALOID-KAITO/KA-P-01 を 終了 します》



ブツリ、と途切れる視界。たった一日も持たずにダウンするなんて、流石に初めてだ。
遠のく意識の隅で、ゴトリと身体が転がったのを感じた気がした。あぁ、玄関口なのに。せめて部屋に入っていないと、あのひとが帰ってきたら驚かせてしまう。ごめんなさい。

どうかあのひとが、自分の所為だなんて勘違いをしませn



 * * * * *



『來果ちゃん、どうかな KAITOは?』

帰路についた頃を狙ったのだろう。丁度職場を離れたところで、邦人さんから電話があった。
なんだか、すっかり保護者の気持ちなんだなぁ。邦人さんらしい。

「夕食の時は結構フツーにしてたよ。あれは相当無理してるね」

心配して電話してくる『親御さん』には安心できるような事を言ってあげるのがセオリーだけど、今回はそういうわけにもいかない。KAITOを見ていて思ったままを率直に伝える。

『え、無理して、普通に?』
「逆、逆。『普通』が素だと思うよ、無意識だったっぽい。食事終わるなり青い顔して引っ込んじゃったから……手綱が緩んでたの気が付いたんだろうね」

そのわりには、今朝もそこそこ絡んでくれたのが不思議なんだけど。ご飯食べたし、お見送りまでしてくれたし……あぁでも、それこそ邦人さんが言うように、『無理して普通に』してたような。

『どうしてそこまで抑制するんだろう? 誰が指示した訳でもないのに』
「うん……一応ひとつ、思い当たる事はあるんだけど。完全に単なる想像だけどね。もしも予想通りなら、こっちも覚悟が必要かなー」

最初に話を聞いた時には、多すぎて矛盾している性格設定に混乱しているのかとも考えた。けど違う。
抑制、と邦人さんは言ったけど、あれはむしろ『抑圧』だろう。そうまでするには、確固たる意思が必要だ。『混乱』などではない、もっと明確なものがそこにある。

『覚悟?』
「うん。あー、邦人さんもね。もしも予想通りなら、」

声を硬くする邦人さんに、先の台詞を繰り返す。そう、ごめんなさい。邦人さんが私にKAITOを預けたのは、彼の『セラピー』の為だったはずだけど。もしも予想通りなら――

「KAITO、帰してあげられないわ」

申し訳ないけど、と言い添える私に、邦人さんの返事はない。ただ緊張の気配だけが、手の中の小さなハコから伝わった。



<the 1st mov-004:Closed / Next:the 1st mov-005>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 第1楽章-004

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





 * * * * *
久しぶりにカイト視点から離れたよ……!
そして邦人がまさかの再登場(予定外)(電話のみだけど)

カイトは取り繕ってるつもりでしたが、來果は結構しっかり見ていたようです。
兄さんが倒れたまま、次回に続く!

*****
ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

 * * * * *
2010/08/23 UP
2010/08/30 編集(冒頭から注意文を削除)

閲覧数:325

投稿日:2010/08/30 20:44:32

文字数:3,095文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    こんにちは、せっかくのご縁なので読ませて頂きました。
    すごく丁寧な心理描写で驚きました。何て言うんでしょう、各場面ごとこれはカイトになりきって書かれているなぁって感じがします。簡単に感情移入できて、物語に入り込んで読めました。
    シリアスを書くのは作者も消耗するので大変ですが、この次もがんばって下さい。毎回は無理かも知れませんが(汗)、できる限りコメ付けさせて頂きます。

    2010/08/24 01:45:46

    • 藍流

      藍流

      こんにちは、コメントありがとうございます!
      お褒めの言葉を戴いてしまった……! うわぁ嬉しいです、すみませんだいぶ舞い上がってますw

      「感情移入できた、物語に入り込めた」と言って戴けて心底ほっとしました。
      自分ではキャラの心情も設定も展開も全部わかっちゃってるから、普通に読んでもらって伝わってるのか不安で;
      この話は最後までプロットは上がっているので、ゴール目指して頑張ります! また読んで頂けたら、本当に嬉しいです。

      コメントもくださるとは何てありがたいお言葉……! 今はだいぶストックできていて隔日UP中なので、毎回と思うとかなり忙しい事になりそうなw
      勿論無理をなさらず、お気の向いた時にくださると嬉しいです。本当に一気にモチベーションが跳ね上がるので(´ー`*)。・:*:・

      どうもありがとうございましたー!

      2010/08/24 16:37:57

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