壱里の投稿作品一覧
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ようやくに満ちた月の陰を遮るように、しとしとと静かに雨が降っている。厚く覆った雲間から朧に届く光を肴に、男が杯を嘗めていた。まだ若い男である。見目には二十そこそこといったところか。雪の如くに白い狩衣を身につけていたが、その姿であってすら女と見紛うかと思われるほどに顔立ちはすっきりと整って、体つきも華...
序章的な
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「勇敢なる--」
後に、「かの」という冠詞をつけて語られるようになる、オストラント・ウィムレシアによる演説は、そう始まったらしい。
少なくとも、ユエス・リバリーの記事が書くところによれば、そういうことになっていた。
もっとも、ユエス自身が信用に足る記者かどうかという点については、首を傾げざるを得ない...ある国の終わりに
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少年時代というものは、今となっては遠く霞んで、或いは靄に滲むようで、亡き妻との燃えるような恋ですら仔細は夢の中のようであるというのに、時に触れ、折に触れ、何故か不意にはっきりと脳裏に蘇るもののようである。
じわじわと響き始めた蝉の声を聞きながら、私の心はいつの間にか現実を離れ、過去の光景の中に取...金糸雀と自鳴琴 1
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動かない扇風機。
祭りのうちわ。
古い漫画雑誌。
汚れたスニーカー。
握りしめた百円玉。
宝物のミニ四駆。
水圧式の水鉄砲。
色とりどりのBB弾。
溶けかけのアイスクリーム。
蝉のぬけがら。...ダンボール・ウォーズ
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ブツ……ッ、
耳の奥で、低音域のノイズが騒ぎだし、マスターの帰宅を知らせる。
消えていた意識が通る時のあのゾクリと背筋を這い上る電流が、僕は苦手だ。
待機状態から目覚める度に顔をしかめる僕を、マスターは半ば楽しんでいるようで。
「おはよう、レン」
「ん……おはよぅ」
(マスターの言い方を借りれば)寝...【小説】オーバーヒートに恋して