とある小さな街に住む人形師は、そのとある小さな街に住む娘に好意を抱いておりました。
娘はよく笑いよく働き、誰にでも分け隔てなく愛を与え、そして同様に誰からも愛されておりました。
けれどもそんな娘をより一層愛し、娘により一層愛される男が現れました。
その男とその娘は瞬く間に親しい間柄となり、そう時間も経たないうちに一生の契りを結ぶことになったのです。
街の人々はそんな男と娘を心から祝福しました。
何故なら娘は誰からも愛されていたからです。
そう、誰からも。
それはあの人形師も同じでした。
しかし彼はどうしても男と娘が結ばれるという事実を受け入れることが出来ません。
思い出すのは貧しく口数も少ないそんな自分にも笑顔を見せ、彼女が好きだという歌を歌って聞かせてくれるあの姿、あの声。
それがただ一人の男の為だけのものになってしまうのか。
人形師は家に閉じ篭もり、以前にも増して無口になり、以前にも増して貧しくなりました。
それでも人形師は家から一歩も出ようとしません。
また、そんな彼を連れ出そうとする人も、その街にはいなかったのです。
ただ一人を除いては。
ある日いつものように静かな家で静かに息をしていると、あの声が扉の向こう側から聞こえました。
それは紛れもなく人形師が愛した娘の声でした。
何日かぶりに扉を開ければ、以前と何も変わらない娘の以前と一つだけ違うところはその細く白い指でささやかに光る指輪だけでした。
けれどそれを視界に入れた途端、人形師の胸に湧き上がるのは、今までに少しも感じたことのない恐ろしい程の嫉妬の嵐でした。
そして気がつけば人形師の腕の中には冷たくなって動かなくなったあの美しい娘の姿があったのです。
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