紅葉の恋





夕焼けみたいな色した紅葉がひらひらはたはた 揺れている。
私はこの景色が嫌いだ。
 というのも夕方を思い出させるから嫌いだ。
こんな色している紅葉が悪い。


その時強烈な風が吹いて、私の髪をなびかせると同時に紅葉の葉を一気にさらっていった。

目の前が落ちる紅葉で真っ赤になる。










小さな丘があった。
灰色のビルが整然と建ち並ぶ町の中に、忘れられたようにポツンとある。
そこはいつもは何てことないただの丘だが、秋だけは特別だった。

灰色にそまった町のなかで、そこだけが鮮やかな朱に染まる。
そんな時期に、紅葉嫌いの花音がこの丘に来ているのにはワケがあった。


「おっかしいなぁ・・・」


ガサガサガサガサ。
背の低い木々を探っていく。かれこれ20分ほどこんなことをしていた。
何しろ小さなもののため、こんな丘から捜しだそうということに無理があるのだ。

でも彼女は諦めない。





「・・・・・うわぁっ」







すると突然強い風が丘を巡った。
風に揺り落とされた紅葉がまるでカーテンのように視界を覆う。







ほらね






この景色が嫌いなんだ。
まるで夕焼けのように真っ赤に真っ赤に









「何捜してるの?」
「っきゃぁ!?」




後ろから唐突に声を掛けられて、花音は思わず悲鳴をあげた。


そこに居たのは 少年だった。


綺麗な整った顔をしていて、ひょろりと痩せている。
髪は染めているのか、まるで紅葉のような深い紅をしていた。






いや それよりも彼はいつからココに居たんだろう?




「も一度聞くけど 何捜してるの?ずっと捜してるじゃん。」
少年が不思議な微笑みを浮かべながらそう言う。

花音は思わず怪訝そうな顔をしながら、
「貴方に関係ないです  大体いつからそこに?」
「ずっとだけど?」
「嘘つけ」
花音がバシッと言うと少年はますます顔をニッコリさせた。


「君 名前は?」
座り込んでいる花音に視線を合わせるよう、彼も座り込んだ。
「・・・・・・かのん」
花音は素直に言ってしまってから自分の不用心さに気が付いた。
でもなんていうか この少年はどこか人を安心させる力があった。


「かのん かぁ  カワイイ名前だね」
さらりと『カワイイ』と口にする少年を見て、何だか花音のほうが照れを覚えた。
「貴方は?」
彼女がそういうと、少年は困っているような、楽しんでいるような顔をして首を傾げた。
「花音が付けていいよ なんか名前」
「私が?あだ名 ってこと?」
すんなり呼び捨てされたことにも全く嫌悪感を抱かない。


花音の問いに少年は答えなかったが、彼女はYESと解釈した。
彼女は今まで自分がしていたことも忘れて、何だか真剣に考えてしまう。


そもそも何でさっき初めて会った人とこんな仲良く話なんかしてるんだろう。


「『アキ』は?」
「アキ?」
少年がキョトンとして聞き返す。花音は大きく頷いて、
「そう 今秋でしょ  秋に出会ったから」
そう言って微笑んだ。少年は ああ と言って
「なるほどね 解った。今から アキ って呼んで」
彼はそう言って微笑んだ。




アキは花音自身が不思議になるほど親しみがあった。
ありきたりな表現でいうなら、そう 『まるでずっと昔から隣りに居たように』。
「・・・・で 何捜してるんだっけ?」
二人が出会ってから5日目、アキが花音と一緒に丘を歩きまわりながら言った。


あれから毎日毎日、私はこの丘に降りていた。そして長いときは何時間もそこを探し回る。



おかしな事に、何故かココに来ると、いつも待っていたかのようにアキが居た。
そして私の捜し物に何時間も付き合ってくれて、私が帰るまでそこに居る。


「だから時計よ 腕時計!!シルバーチェーンのシンプルな!」
私が茂みから顔を出して言った。
アキがその美しい紅い髪に絡まった葉を取りながら、不思議そうに言う。
「5日も粘って捜してるけど・・・・もうそろそろ諦めたら?何円したのさ そんな高かったの?」


花音が手を止めた。
「知らない 貰ったの。 値段の高い安いは関係ないの」
一気に早口でそういうと、また何事も無かったように茂みを探り始める。

アキが眩しそうに目を細める。そしてゆっくり口を開いた。





「じゃぁ 気持ちの問題なんだ」




再び 花音の手が止まる。何でコイツはこうあっさりと核心を突いてくるんだろう。
そんな気持ちを悟られないよう、少し深呼吸して彼女はアキのほうを向いた。



「そうよ」
凛とした表情でそう言う。

アキは彼女の様子の変化に気付いたのか気付かなかったのか、ふっと笑って言った。
「そんな大事なものをそこのベランダから落としちゃったの?」
そういって彼は丘のすぐ隣りにある、斜め上のベランダを指さした。

「好きで落としたわけじゃないの!チェーンが取れちゃったの!」
花音がイライラした空気を交えてそう言った。アキは肩をすくめて、また捜し始めた。



アキとのこんなやりとりは嫌いじゃない。
彼の表情や声や行動が、花音の何かを解きほぐしていくようだった。
彼女がこの丘に来る目的は、腕時計を捜すためともう一つ―――・・・







しばらくすると、空が明るい赤に染まってきた。


「ねぇ 花音帰らなくて良いの?」
アキが座り込んで言った。 花音がゆっくり空をみあげる。


「いいの 帰らなくて」
すぐ視線を落として言った。アキが怪訝な顔をする。
「何で」
「何でも。」
アキの質問に花音が即答した。
彼は微妙に納得したような顔をして、花音の家のベランダを見つめた。





「花音の家・・・・リビングあそこ?」
ベランダから見える部屋を指して聞く。花音が頷いた。
「いつも電気ついてないよね」
真顔で そんなことを言った。


花音はまた、体が締め付けられるような感覚を覚える。


「花音いつも一人でご飯食べてるよね」


上を見上げると葉の余り残ってない紅葉の枝が広がっている。





「花音  寂しいの?」








はらり








すっかり日の沈んだ丘に 紅葉の葉が落ちる。
突然やって来て、それから当たり前のように側にいるアキ。
この間出会ったばかりなのにどうしてココまで信用出来てしまうのか自分でも不思議で不思議で堪らない。
でも何か自分でも始めから感じとっているものがあった。
彼に惹かれている自分を 否定できない。










「私紅葉嫌いなの」
花音がポツリ と話始めた。

アキが今までにない哀しい表情をする。
「どうして?」
「夕焼けって凄い綺麗でしょう? 私ね その景色が大好きだったの。」




昼と夜との境界線。
世の中のもの全てを神々しく見せてしまうその美しさ
昼や夜に比べれば瞬間的にさえ思えるその儚さ




「でも大嫌いになった。」
「お母さんが帰ってこなくなってから?」
アキが隣りに座って少し微笑んで言った。
花音が頷く。


「お母さん大好きだったの
  ホント平凡な人だったけどそれ故に大好きだった。でも突然変わっちゃった。
 ずっとお母さん一人で私のこと育ててきたけど疲れちゃったんだね。
 新しく彼氏作って一緒に過ごして・・・・・ 私のこと急に邪魔になったみたいに」



私なんでこんなことコイツに話してるんだろ
こんなこと話せるほど長いつきあいじゃなかった気がする。




「それから帰ってこなくなっちゃった。
 一日一日が鬱陶しいほど凄く長くなって
 あんなに幸せだったのに どうしてこんな急に堕ちちゃったんだろう」




どうしてアキに話してるんだろう




「それからね 夕焼けが嫌で嫌で堪らないの。
 空も部屋も、これから真っ黒な“夜”に染めて行くよ って言われてるみたいで直視出来なくて
 それにまるで今までの私も表してるみたいで
 そんな夕焼けをどうしても思い出しちゃうから 紅葉って大嫌い」



言ったって仕方ないのに




「夕焼けの鮮やかさが幸せな時で、その後の夜闇が今?」
アキが静かに言って、花音はコクンと頷いた。同時に涙が頬を伝う。



「いつかは朝が来るんじゃないか って信じながら生きるの。
 でもこのまま真っ暗なまま来ないんじゃないか って どうしてもそう思えて
 あの時計 お母さんに貰った最後のプレゼントなの やっとそれで乗り越えられるのに
 それが無くなったら私 どうすればいいの!?」



今や幾筋も幾筋も涙が流れていた。
こんなこといきなり話しちゃって アキ呆れてるだろうなぁ






また 嫌われちゃうかも知れない








その時、アキが花音の肩をトントン と叩いた。
「見て 空」
彼が短くそう言って上を指す。


紅葉の葉の隙間から、綺麗な夜空が見えた。
淡い光を放つ丸い月と、その周りで控え目に光る星々。
雲一つ無く、すべてがとても輝いて見える。


「夕焼け綺麗だったからね 夜空も凄い綺麗」
アキがそういって仰向けにゴロンと寝っ転がった。








「そんなに暗いの?」
「は?」


彼が唐突にそう言うと、花音が怪訝な声を出した。
「だからそんなに暗かったの?夜」
アキが何だか何処か哀しい微笑みを見せて、
「夜 って言ってもね空には数え切れないほど星々が輝いてるんだ。月もね。
 ただそれが曇りだったりして見えにくいだけ。全てが真っ暗 ってことは無いんだ。」
そう言う。花音はアキのほうを見つめた。彼も彼女を見つめ返す。


「朝を延々と待つ必要なんかないよ。確かに朝は素晴らしい希望だと思う。
 でもそれは僕らにとって、必ず来るとは言え、いつ来るか解らないものなんだ。
 そんな遠い存在の朝を待って居なくても、ほら 周りを見ればこんなにも明るさがある。」



そういってアキは両手を夜空へ伸ばした。



「真っ暗だと思わないで よく周りを見るんだ。
 そうするとどんな辛い状況だって、暗い状況だって、何処かに助けがあるはずなんだよ。
 今まで 幸せだったんでしょ?夕焼け凄い綺麗だったんでしょ?」


彼がゆっくり起きあがって、花音と顔を近くした。花音の濡れた頬にまた涙が走る。
「夕焼けの綺麗な日は夜空もとっても綺麗なんだよ。
 夜空がとても綺麗なときは星もすぐ見つけられる。あとは見つけようとする気持ちだけなんだ。」


アキはそう言いながら、ゆっくり花音の細い両手を取った。
ずっと茂みをあさり続けたせいで、あちこちに細かい傷が出来ている。


彼はその両手を優しく握ったまま、自分の額に寄せる。




「忘れないで 僕はずっと花音のこと想ってるから
夕焼けも紅葉も僕は大好きだよ。
 花音にも・・・・好きでいて欲しい。」






花音は涙に濡れた顔を寄せ、アキと同じように、二人の両手に額を載せる。










「大好きです。」







震える涙声でそう言って、息を吸い込むと喉が詰まった。






「夕焼けも 紅葉の鮮やかさも」









目を閉じると涙がアキの細い指に落ちた。













「貴方も」












祈るように二人の間で握りあった手が小刻みに震える。











「大好きです。」








アキが涙でかすんだ視界の中で、優しく微笑んだかのように見えた。


彼は二人の手からゆっくりと顔を放し、
花音の額に優しく唇を触れさせた。















「有り難う」









紅葉の葉がまた一枚







はらり






それは彼の涙だったのかも知れない。

















彼女がハッと気が付いたとき、
花音は自分の部屋のベットに居た。慌てて時計を見ると、朝の5時だった。


「あれ・・・・・・?」


自分は確か丘に居たはずだった。
アキと二人であの美しい紅葉と夜空の下、一緒に―――・・・・


しかし、今花音はしっかり自分のベットに横たわっていて、時間はすでに早朝。
服は汚れていて、記憶で着ていたものであるものの、アキの姿は側に無く、
花音の両手にはアキの両手が添えられておらず


「・・・・・・・あ」



花音が思わず声をあげた。
アキの手の代わりに、手に何かが握られている。
右手には無くしたはずの腕時計が、
左手を開くと








一枚、紅葉の葉が落ちた。









床に落ちたそれを見て、今は何の嫌悪感も沸いてこない。
むしろ









思ったときには既に彼女は家を飛び出していた。
階段を一気に駆け下り、丘へと向かって―――



「アキ!!」






丘に駆け上がった途端彼女は叫んで、そして驚いた。






丘を彩っていた紅葉が、すべて枯れていた。







葉は地面にすっかり落ちて、赤茶色いカーペットのようになっている。
確かに昨日の夜空の記憶でも、すでに紅葉は枯れ欠けていた。




「アキ・・・・・」




アキは解っていたのだろうか?
だから昨日 あんなことを言ったのだろうか?








昨日散々泣いたのに、まだ涙の出る自分に、彼女は正直呆れていた。





秋晴れの空の下、枯れた紅葉の木の下で、

彼女は一筋涙を流した。

でもその口元は安心したような微笑みをたたえている。





ああもう 自分は一人ではないのだと
側にはいつでも自分を想っていてくれる人がいるのだと










彼女の唇が小さく動き、声にならない言葉を口にする。






















愛しています

















一つの紅葉と一人の少女の哀しい恋
知るのは空の美しさのみ

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

紅葉の恋

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http://www.nicovideo.jp/watch/sm19350519

閲覧数:195

投稿日:2012/11/14 02:42:33

文字数:5,747文字

カテゴリ:その他

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