っぽだよ■ものが書けないときはそのままパソコンの前
にじっと坐ってみよう。機械の出す電波が体に影響する
というじゃないか。頭の中が少しおかしくなって何か書
けるかもしれない■23:54着■僕より僕の存在を証
明する「はんこ」って僕は好きだな。はんこだけ残して
僕は消える■最近、テレビのリモコンをどうしても人に
向けたくなってしまう。押すのはもっぱら電源スイッチ
だ■自分に向かってスイッチを押してみたら?■あっ


Ⅰ 出発

後頭葉の裏側あたりからジリリリと発車のベルが鳴る。
喉もとからは焼けつくような消防車のサイレン。
腎臓のまわりで強盗と警察のカーチェイス。
心臓から肺にかけて増殖する無言のスライム。
遣り場のない焦燥と懈怠に苛まれ、
傘も持たずに旅に出る。
後頭葉の裏側あたりからジリリリと鳴くあぶらぜみ。



Ⅱ 発車

列車が
最初降りようと思った駅に着いたとき、
僕はだんまりを決め込んだ。
乗降客が少なかったか、
ホームは静か。
ベルも鳴らずにゆっくりとドアは閉まった。
いまからほんとうの旅がはじまる。

行き先はどこでもいい、
帰りは救急車にのって。



Ⅲ 車窓

窓枠に切り取られた夏の風景が右から左へ
ひたすらに流れる
通路をはさんで向かい側の少女の横顔
僕と同じ景色
いやもう少し大きな景色を
薫風と共に感じている
髪がなびき
こちらを見せた右耳に小さな補聴器
外を見つめたまま
手話で何やらひとりごと
何と言ったかさっぱり分からなかったけど
僕もこちらでひとりごと
薬指と中指折ってI LOVE YOU



Ⅳ 窓の向こう

窓の向こう
山であれ海であれ砂漠であれ草原であれ
いちめんの田畑いちめんの家並み
鬱蒼としたビル群や鬱蒼とした竹林であっても
何かが見えるなら
それはあなたの景色あなたのもの

外が暗くて自分の顔しか見えないときには
窓のこっちがあなたの世界
好きな人と一緒に窓をのぞいてみよう

窓の向こう
わずか八十センチに
隣のビルの壁とカーテンの閉まった窓と室外機
かび臭い湿った冷気に室外機の熱風がまじる
それは私の景色
人知れず深淵に墜ちっていった父の網膜に映った最期の
景色が今私の脳裏に焼き付く
私は必死に窓を白ペンキで塗りつぶす
はっとして振り返るとあったはずのオートロックの
ドアもない
四面六面まっ白しろのサイコロの内側

やがて一つの壁の真ん中に
ペンキがだらだら溶け落ちて現れるさっきの窓



Ⅴ 向こう三軒両どなり

向こう三軒両隣
あっちでカラオケそっちでステレオの大怒鳴り
こっちもついにカッとなり
うるせぇーじゃねーかと大怒鳴り
向こう三軒両怒鳴り
近所付き合いパーとなり
「向こう三軒我が領土ナリ!」



Ⅵ 隣にいる人

ああ夢だったのかと目が覚める。
隣の席に座った人は、
ディスクマンのヴォリュームあげて夢の中。
窓の外は鉄橋
トラスの影がちらちらと膝の上を通過する。
いや違った、
列車は落石防止のフードの下。
はるかな谷底を渓流は平行に流れる。
それにしても嵌殺しの窓がずいぶん汚いじゃないか。
それにお前の寝顔も。



Ⅶ 人出

■とりあえずまた帰ってきてしまった。思えば気持ちを
紛らす旅そのものが救急車の中だったのかもしれない■
人出が少かったのは良かった■列車の中も頭の中もから

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

帰りは救急車にのって

CC BY-NC-ND ver. 3.0 Unported.(改変、商用利用等は要許諾)
ジャコウネズミ著『帰りは救急車にのって』より(微修正あり)。
2005年2月11日刊行。印刷:有限会社旭印刷。自主制作。製本版有。
http://www.itotatsuki.net/ambulance.pdf

循環して終わらない詩を意識して書いた作品です。
「環状」というイメージはこんな感じ。
http://www.itotatsuki.net/annular_ambulance.pdf
走馬燈にしてみたいですね。

下記関連作品に印刷して環状にするためのPNGファイルをアップしています。

【お願い】本作(全体)をご使用の際はぜひ、等幅フォントをご使用ください。最初と最後が1行25字で揃えられています。

閲覧数:279

投稿日:2013/10/03 12:29:08

文字数:1,396文字

カテゴリ:歌詞

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