当代の王家には二人の王子がいた。
聡明で文武両道だけれど人を寄せ付けない冷たい気性と美貌の兄と、身体は弱いながらに愛らしく心優しく明るい気性で人望の厚い弟。
兄は身分の高い第二妃の、弟は身分は低いが王の深い寵愛を受ける正妻の子。
それでも二人はとても仲睦まじく育った。
愛らしく穏やかな弟王子は感情の乏しい兄王子の心すらも陽の光のように溶かし、兄王子にとって唯一の安らぎであり心を許せる相手だった。
しかしある日王が身罷り、魔女の呪いが牙を剥く。
遺された二人の王子のどちらが跡目を継ぐかで、王宮は疑心暗鬼と謀略の坩堝となってしまう。
兄王子の母である第二妃は何としても長兄である自分の息子を次期国王にしようと躍起になるが、人望の厚さゆえ弟王子を推す声は日に日に増していく。
どんどん気を乱していく母を見兼ね、またふつふつと湧き上がる弟への嫉妬を魔女の呪いに煽られた兄王子は、ついに弟への愛情に目を瞑って、彼を殺すことを決意する。
冷たい月夜に気配を殺し弟の部屋へ忍び入ると、弟王子は全てを知っていたかのように兄を待っていた。
愛する兄に罪を犯させぬため、そしてこの悲しい争いと悲劇の連鎖を終わらせるため、優しい弟王子は兄の刃がその身に届く前に自ら毒を呷り、その命を散らせてしまう。
我に返った兄王子が涙ながらに縋るのを、薄れていく視界の中で見つめる弟王子は、兄を宥めるように優しく語りかけながら絶命する。
二人の王子の物語は優しい弟王子の命を賭した足掻きで魔女の導く運命を逃れるが、それでも呪いを逃れられたわけではなかった。
犠牲となり散った優しくも温かい弟王子の陽光のような魂は魔女の手に落ち、心を凍らせた兄王子の継いだ王家のその後はこの歌劇で語られることはないが、決して幸せな結末を紡ぐことはないのだろう。
全てを見届けた魔女は満足気に笑い、回り続けるオルゴールを抱いて次の物語へ向かって去っていく――
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