ああ、神よ。この世はなんて不平等なのだろう。
同じクラスに岡野というやつがいる。
彼の家は金持ち、頭は良いし運動神経は抜群でサッカー部のエース。もちろん女子にもモテてクラスのマドンナ葛西さんとも仲がいい。
俺はと言えば平々凡々何の取り柄もなく、全てにおいて平均的。サッカー部所属といえ目立つわけでもなく特別上手いわけでもなく。
人の印象に残らず、卒業したらたちまち忘れられてしまうだろう。
学年で一番可愛いと思われる葛西さんに恋をして早二年。
高校最後の冬。三年生の俺達に残された時間はわずかで。
つい先ほど教室で告白をしてきたのだが……
「えっと……あの」
持ち得る勇気の全てを絞り出して想いを告げた俺に対して、葛西さんはこう言った。
「ごめんなさい、その、名前がちょっと分からなくって……」
恨んだ。心底恨んだよ。
普段全くもって信じてなどいない神というやつを。
この世の終わりのような酷い顔をしていただろう。
俺はふらつきながらも一人になれる場所を探した。
授業?知ったこっちゃない。もう何もかもどうでもいい。
ずっと好きだった女の子とようやく同じクラスになって、何度か言葉も交わしたはずなのに、名前すら覚えてもらえていなかったんだ。もう……どうでもいい。
一人静かに悲しみに浸れる場所を見つけた。
ここなら誰も来ないだろう。
この学校には七不思議なるものが存在する。
ここ、第二校舎の三階トイレには、昔生徒に迫害されて自殺した教師の霊が出るという。訪れた者をトイレの中に引きずり込むらしい
のだ。
部活の合宿の時に先輩から聞かされたが馬鹿馬鹿しいと一蹴した。
けれど今はその噂がありがたい。
ここには誰も来ることがない。もちろん皆が皆噂を信じているわけではなくて、ただ単にここまで来る用事がないからなのだが。
ところが一歩トイレに踏み入れた俺は、固まってしまった。
一番奥の個室から、誰かがこちらを見ている。
顔だけ出して、じっと見つめてくる。
「……」
しかめっ面の無言で。
どう見てもそれはおっさんだった。
それも極端に小さく、背丈は幼児くらいしかない。
「……」
そのおっさんが、バーコード禿げで無精ひげで脂ぎった汚いおっさんが。
俺を凝視している。
そうしてしばらく無意味に見つめあった後、おっさんはにやりと笑って口を開いたのだ。
「お前…………今さっきフラれてきたやろ」
おっさんが俺の事情を知っていることに驚き、っていうかまず言葉を発したことに慄き、ここは東京なのに何で関西弁やねーんと心の中で突っ込みを入れてから、
他人に事実を突き付けられたことにより、床に膝をついて激しく落ち込んだ。
「うわっキッタナイなー。ここトイレやで。信じられへんわ」
同時に、にやけ顔のままそう言ってくるおっさんに腹が立った。
あんたの顔の方がじゅうぶん汚いわ。
「何なんだあんた!ここは学校内だぞ!変質者め!!」
立ち上がりそう言って指をさす。
気丈に振舞っていないと、また床にひれ伏してしまいそうだった。
「人指差すなて学校では教えてくれんかったんか?全くこれやから最近のゆとりは……」
ぶつぶつと文句を言いながら個室から出てきたおっさん。
その容姿は、小さいこと以外はやっぱり中年のおっさんそのもの。
細かい説明はいらないだろう、恐らく誰もが一番イメージしやすいおっさんらしいおっさんだ。
小さいおっさんは壁にもたれて短い腕を組んだ。
「ほんで、あれやろ?告白、成功させたいんやろ?」
「……は?」
本人は格好つけているつもりなのだろうか。
人を苛立たせるドヤ顔でそんなことを言う。
「分かってる。何も言わんでもぜーんぶ分かってるで。まあ気の毒やとは思うで?でもなーもうちょっと自分を知らなあかん。あまりに釣り合わへん相手好きになっても、そら難しいわな」
「うるっせーよ!ほっといてくれ!」
「ほっとく!?何でなん!え?ちょー待って?お前わしに助け求めに来たんとちゃうの?」
「はああああ!??何で訳のわからん汚いおっさんに助けてもらわないといけないんだ!?おっさんに何が出来るって!?」
「あれー?わしのこと知らんとここ来たんかいな。ほんまに知らんの?生徒の間ではわし有名人やろ?」
そこまで言われてようやくはっとした。
……この学校には七不思議なるものが存在する……
「その顔…ふん、何や知っとんねんやん」
ここ、第二校舎の三階トイレには、昔生徒に迫害されて自殺した教
師の霊が出るという。
「そうわしが七不思議の一つとして有名な……」
訪れた者をトイレの中に…………
「迷える子羊たちを救う愛の伝道師、花山さんや」
「違あああうううううう」
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