〇過去回想。高校 新学期の春
女子生徒「大野くーん、ねー、今日もあるー?」
大野「おうっ、あるぜー」
〇ケーキを取り出す大野。
女子生徒「キャーッ」
女子生徒2「かわいーっ」
女子生徒3「ほんとにタダでもらっていいの?」
大野「おう、シュミだしなー」
女子生徒「ありがとう!」
〇去っていく女子生徒たち。
男子生徒「んじゃ俺ら食堂行くわ」
大野「おっ。じゃーなー」
男子生徒「趣味も大概にしろよな」
大野「良いだろ、このくらい」
男子生徒「こっちだって食い盛りだからな、昼飯分けてやんねぇぞ」
大野「いいですよーだ」
〇去っていく男子生徒たち。昼休みに誰もいなくなる教室。琴実が入ってくる。
大野「あ…」
大野(高遠さんだ。誰とも馴れ合わないって噂だけど…)
★大野「高遠さん」
大野(あ。ついいつものテンションで話しかけちった)
★大野「昼飯食わないの?」
★琴実「…模試が近いから」
★大野「あっそう…あそだ、オレの作ったマカロン食べる?」
大野(まぁ、高遠さんがお菓子なんて食べるわけ…)
★琴実「マカロン…? いいの?」
〇ぱあっと顔が明るくなる高遠。
★大野「う、うん、趣味で作ってんだ。お菓子好きでさ。今日も材料買ってたら昼飯代なくなっちゃってさー」
琴美「これはチョコレート?」
大野「うん」
琴美「私、チョコ好きなの」
〇マカロンを箱から取って食べる高遠。
大野(あ…指、長いな…あの主席の高遠さんが、オレの作ったお菓子を食べている…これって物凄くレアなのでは?)
★琴実「おいしくない。泡が少ない気がする」
★大野「え?」
★琴美「これじゃ売り物にならないわ」
★大野「えっ、売り物? いや、これは趣味で」
★琴美「プロにならないのにやる意味なんてあるの?」
★大野「え?」
★琴実「これ、お金。」
★大野「えっそんな」
★琴実「(お金を押し付ける琴実)借りは作らない主義だから。やっぱり図書室で勉強する。じゃあね」
〇口に付いたクリームを指で取りながら去る琴実。
大野「…売り物…ね」
〇あごをついて考える大野。過去回想終わり
大野(俺が真剣に将来のことを考え出したのは、それがきっかけだったんだ。)
〇琴実がパティスリーマイに来た日のこと。
★大野「いらっしゃいませー」(★は前の収録の生かし)
大野(え、あれって…高遠さん…だよな?)
★琴実「あの…アルバイトの応募をしたいのですが」
★大野「えっ? は、はい。あの…高遠さんだよね?」
★琴実「え?」
★大野「オレ、彌勒高校の大野だよ!」
★琴実「あ…ああ~」
大野(高遠さん、普通に考えてまだ大学生だよな…? あ、掛け持ち…? さすが高遠さん、偉いなぁ…)
★大野「あっ、チョコレート平気?」
★琴実「いや、チョコレートはちょっと…」
大野(チョコレートが食べられない…? 妊娠中の女性は胎児に悪影響を及ぼすためカフェインを取ってはならないと言う…バイト…結婚…まさか…)
★大野「あ、そ、そうだよね~…じゃあこれあげるよ、ストロベリーのマカロン! 俺が作ったんだ」
★琴実「あ、ありがとう」
★大野「待ってて今店長呼んでくるから」
〇厨房に行く大野。ケーキを作っている舞人。
大野「…店長~」
舞人「何だ、何かあったか」
大野「知りたくなかった…高遠さんが結婚したなんて…」
舞人「は?」
大野「あの…店長、高遠さんはすごい頭が良いんすよ、雇って損はないですよ!」
舞人「は?」
〇回想終わり
大野(高遠さんが結婚してなくてちょっと安心したけど、まさか記憶喪失なんて…)
琴実「…野君。大野君」
大野「あっごめん考え事してて…何?」
琴実「大丈夫? 私、迷惑になってるんじゃ…」
大野「いや~大丈夫。楽しいから」
琴実「あの…ホイップクリームがうまく泡立たないの」
大野「ボウルに水が一滴でも付いていると、泡立ちにくくなるよ」
琴実「そうなんだ。これからは気を付けて見てみるね」
〇真剣に泡立てる高遠。
大野「…なんか、前の高遠さんに少し似てきたね」
琴実「え? 本当に?」
大野「遅刻もしなくなったし…なんか、目つきがさ、しっかりしてきたって言うか」
琴実「そうなんだ」
大野「高遠さんはさ、凄い努力家なんだよね。噂では親がいないから、悟ってるんだとか言われててさ…やっぱり俺たちとは覚悟が違くて…高遠さん?」
琴実「親がいないって、どういうこと? 私の両親…死んでるの?」
大野「あっ…えっと…うん…そう聞いてたけど…」
琴実「………」
大野「…あの…大丈夫?」
琴実「…ごめんなさい、思い出せない…」
大野「あ、そっか。無理に思い出さない方がいいのかな。そっそれに噂話で聞いただけだったからほら、分かんないし…」
琴実「私、誰に育てられてたんだろう。よっぽど思い出したくないことなのかな」
大野「あの頃の高遠さんはピリピリしてたから…けっこう辛かったんじゃないの?」
琴実「そっか…じゃあ私、今の方が幸せなのかも。大野君が助けてくれたし…」
大野「そっか…そいつは良かった! でも俺は、前の高遠さんも好きだけど。クールビューティー? みたいな」
琴実「そ、そうなんだ…。じゃあもう少し頑張ってみるね、思い出すの」
大野「無理すんなよ。記憶喪失用の福祉制度とかもあるし? 多分…いや、ないか…」
琴実「もし記憶が戻ったら、両親のお墓参りに行かなくちゃ…」
大野「…そん時は俺も行くよ。不安だろ?」
琴実「え? 一人で行けるわよ」
大野「あ、なんか今の…昔の高遠さんっぽかった!」
琴実「ほ、ほんと?」
大野「ありがとう高遠さん、オレもなんかやる気出てきた。二人で明日の試験、合格しよう!」
琴実「うん!」
〇翌日。
舞人「約束の日だが…準備は出来ているか?」
大野「はい、店長」
舞人「手加減はしないからな。俺の舌にかなわなければ今回の出品は延期、高遠君は辞めてもらう」
琴実「は、はい」
大野「まず、俺のからです。りんごのドゥーブルフロマージュです」
舞人「ふむ…酒を使った大人の味に仕上げているな。ブランデーと…リキュールも入ってる。使っている砂糖が独特だな。和三盆か。なるほど。では次は高遠君か」
琴実「は、はい。店長。私にこんなチャンスを与えていただいて、本当にありがとうございました。私なんかが…」
舞人「良い。さっさと出しなさい」
琴実「う…こちらが…オペラです」
舞人「オペラか。チョコレートの扱いは上級者向けだがな…ふむ、よく混ざっている。焼き加減も悪くない」
琴実「!」
舞人「まあ当然、店に出せるものではないがな」
琴実「あ…そうですよね…。」
舞人「さて…高遠君」
琴実「はい」
舞人「君に一つ聞きたいことがある」
琴実「はい」
舞人「お菓子は好きか?」
琴実「…はい、大好きです」
舞人「うむ…高遠君。このお菓子には君の気持ちが籠っている。俺には分かる。正直、この短期間でここまで仕上げてくるとは驚いた。認めよう。」
大野「え、それって…」
舞人「二人ともな。大野はソメット・レ・モンターニュへの出品を認めよう」
大野「よ、ヨッシャーーーー!」
琴実(不思議な感覚だ…今までずっと自分の人生が他人事のような感覚だったのに…今私は自分の人生を歩んでいる。今までずっと…? あっ)
〇過去回想。葬式
親戚「ほら見なさい、あなたの両親よ」
〇両親の死体を見る琴実。
琴実(私はその時気付いた。人は簡単に死ぬってこと。それまでに生きた証を残さなきゃいけないってこと)
〇テストを見せる琴実。
義姉「何着飾ってるの? ブスのくせに」
義父「ふん、また90点か。欠陥でもあるのかな」
義母「またこんなもの買ってきて。あなた、お金がないの分かってるんでしょうね? あんたを大学に行かせるだけでどれだけお金が掛かると思ってんの?」
琴実「お金には困ってないはずじゃ…」
義母「はいかいいえで答えなさい! あんたなんか死んだってこっちは一向に構わないのよ」
琴実(この世は、みんな冷たいってこと。)
〇学校。女子の会話を聞いている琴美
女子生徒「あー漫画みたいな恋がしたいなー」
女子生徒2「それなー」
女子生徒「ね、高遠さんは将来何になるの?」
高遠「私は弁護士」
女子生徒2「えー何で」
高遠「安定してるでしょ。収入もあるし」
女子生徒「え、法律が好きとかじゃないんだ」
女子生徒2「ウケる」
琴美(好きって何? 私には好きという感情が分からない。私は勉強して…生きていかなくちゃいけない…この厳しい世の中で…遊んでる暇なんかないのよ)
〇教室に入る琴実。
★大野「高遠さん、昼飯食わないの?」
★琴実「…模試が近いから」
★大野「あっそう…あそだ、オレの作ったマカロン食べる?」
★琴実「マカロン…? いいの?」
琴実(はっ…い、いけない。お菓子なんて無駄な食べ物に浮かれて…)
★大野「ああ、趣味で作ってんだ。お菓子好きでさ。」
琴実(お、おいしそう…いいなぁ…)
琴実「いただきます…」
〇食べる琴実。
琴実(美味しい…大野君はお菓子が好きなのね…さぞ幸せでしょうね、こんな仕事に就けたら…)
★琴実「これじゃ売り物にならないわ」
★大野「え? いや、これは趣味で」
琴実(は?)
★琴実「プロになるつもりがないのに、やる意味なんてあるの?」
★大野「え?」
琴実(いけない、また子供に暴言を…私と彼らは違うのに)
★琴実「これ、お金。」
★大野「えっそんな」
★琴美「やっぱり図書室で勉強する」
〇口に付いたクリームを指で取りながら去る琴実。
琴実(大野重郷…ただのん気にへらへらお菓子なんか作っちゃって…いい気なもんだわ! 嫌いなものならすぐ分かるのに。この世は嫌いなものだらけ。お菓子なんて大嫌い。作ってるあいつも大っ嫌い。お菓子なんか必要ないわ。あたしのほうがずっと頑張ってるのに…なのにどうして…どうして涙が出るの?)
〇大学に進学する琴実。勉強している
琴実「次は法規試験ね…」
琴実(大野重郷のことも…全部見なかったことにして…私は勉強をしなくちゃいけないの…就職しなくちゃいけないの! それで…就職したら…そうしたら…好きなだけお菓子が食べたい…)
〇歩いている琴実。
大学の同級生「琴実、大丈夫? 無理し過ぎなんじゃない?」
琴実「大丈夫…。頑張らないと…」
大学の同級生「ちょ、ちょっと琴実」
琴実「私もう、帰るね…」
〇部屋
琴実「はぁ…はぁ…」
琴実(熱、下がらないなぁ…私、何してんだろ。何の為に生きてるの? 私の生まれてきた意味って何…? もし叶うなら…もう一度やり直したい…)
〇回想終了
琴実「大野…大野重郷君?」
大野「…そだけど?」
琴実「…プロに…なったんだね」
大野「え? まさか…、覚えててくれたの?」
琴実「(顔真っ赤にして)こんな醜態を見せてしまって…忘れて頂戴…」
大野「…いや、俺も君がいなかったらパティシエになってなかったかもしんないし。記憶戻ったんだね」
琴実「店長、今までご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。これからは今までの分も取り返して誠心誠意働きます。」
舞人「うん。」
大野「…それじゃやっぱり、大学には戻るのか…?」
琴実「戻るわけない! 私…やっと気づいた。こんな簡単なことも分からなかったなんて。私、お菓子が…お菓子が好きなの! この世界で生きていく!」
大野「…そっか! …あっ! じゃ、じゃああれは忘れて! あの…お祭りん時言ったやつ。あれは昔の話だから」
琴実「あら…そうなの…残念だな…」
大野「いぇ!? そ、それって…」
琴実「ふふっ、冗談よ」
大野「く、くっ…」
舞人「リア充よ…爆発しろ…」
大野「あ、て、店長まだ居たんすか」
舞人「やっぱりクビだ!」
大野「そりゃないでしょ!」
<終わり>
[シナリオ]チョコレート・ロスト
パティシエ・大野重郷が働いている店に大野の高校時代の好きな人、高遠琴実がやって来るが、記憶喪失になっていた。記憶を取り戻す手伝いをしてくれる大野に次第に恋をしていく高遠だったが、大野の好きな人は「記憶をなくす前」の自分である事が苦しく…。チョコレートから始まる苦い初恋を描いた短編。
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