人は人と関わるとき、自分のすべてをさらけ出しているわけではない
そういう意味で言えば人は皆、常に何かを演じているのかもしれない
数ある人の中で自分の立場を考え、求められるキャラを演じる
それは自分を覆い隠す手段であったり、はたまた人を思っての事だったり...
理由は数あれど、自分とは違う何者かを演じている瞬間というものは誰にでもあるのだろう
それがこの世に生きていく術というものなのかもしれない...
でも、そうやって過ごしていくうちにそれが当たり前となり日常となっていく
いつしか演じていた自分は自分そのものとなり、自分は自分を見失い...
結局自分というものはなんだろうか
そんなものは存在せず、他人の見る自分こそが自分であるのだろう
言い換えればそれは、理想
人々が自分に求める理想の姿こそが、この世界における自分というものなのだ
本当にそうだろうか
他人が求めたとはいえ、それを演じるのは紛れもない自分自身
そこには自らの意志が必ず介在する
なろうと思えば何者にもなれるはずなのだ、自分の思うがままに
そうなろうとしないだけで...
自分とは自らが思う自分自身
そこに他人の意志があろうとなかろうと、その姿を望むのは間違いなく己の意思
それは他人の理想なんかではない
自分が思い描く理想の姿なのだ
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