僕の心の傷は、二十数年前の校舎の中に
あります。
クラスメートみんなの心の傷も、そこにあります。
僕はある初春の休みの日、当時過ごした教室の
机の四本の脚に、真っ白くて、新しい包帯を巻いてあげました。
まるで、掠れた傷から血が流れ出ているのを止めるようにして。
真っ白な包帯を「包帯クラブ」のように真似てみて、
机の脚、四本と、椅子の脚四本へと包帯をわたらせました。
縛り付けているようだけど、そうじゃない。
心のなかにぽっかりあいた、「空(くう)」や「虚(きょ)」にあてがった、
絆創膏のように、八本の脚から滴り滲む「血」を止めていた。
包帯を巻く前は、何故か胸が締め付けられるように痛くて
疼いて、今にも喚きだしそうだった。
心の傷は、血が、じっとりと滲んだままでいて、
もう二十数年前から止(や)まずに、そのままだった。
不登校なんて、友達が出来なかったからといって、
無口だからだったなんて、部活動の選択をミスったからなんて、
留年したからなんて、傷が今でも治らないまま。
教室から、廊下から、食堂から、部室から
天井から、窓から、黒板から、ロッカーからetr
いたるところから、みんなが「痛いよ」って聴こえて
みんなについた、心の傷から、血が滲んでいて
今でも、そのままになっていたから、
包帯は絶対、必要だったんだね。
体はこわばっている。
体は抵抗している。
体は「それら」を認めている。
頑なな過去へのうらみ、ねたみ、いたみ、
そんな執着心が、「包帯」を巻くことを拒んでいて。
たかが「包帯」だけで、心から流れる血が止むなんて
ありえないし、どこかで疑っていた。
だけど、
そうじゃなかった。
やっぱり、誰かが云ってた通り、
「外の景色と、心のなかの風景はつながって」いたんだと
その時、気づいた。
衝動にかられて、自分が座っていた席からスタートして、
教室中の机をかこむように、包帯をわたらせていった。
机から窓枠へ、窓枠から黒板をさえぎり、前の扉をとおりぬいて
廊下側にでて、後ろの扉からまた入る。
そのまま迂回させて、廊下に出て、
となりの教室の窓枠へまで、包帯をわたらせていった。
包帯はまだまだ余裕があるけれど、
そこで止めにした。
キリがないよ。
キリがないけれど、
キリはもう終わったよ。
と、こころの中で、呟いていたら、
春休み中で、誰もいない母校の、校舎のなか、
廊下の角(すみ)、階段の脇、教室のはじっこ、
食堂のほうから、同じようなつぶやきが
聴こえてきた。
「そうか。こんなに傷が深くて、疼いていたんだ」
曇天なのに、かげった太陽の差し込んだ薄暗い
廊下に、一筋わたりめぐっている、
白い包帯を見つめながら、思わずため息が出ていた。
そして、映画と同じように、その光景を写真に撮った。
白い包帯が、ほのかに笑った、気がした。
包帯を片付けなきゃ。
通りすがりの先生が、何故か、手伝ってくれた。
白い包帯に、かすかについたほころび。
僕も同じ。たぶん、みんなも同じだった。
包帯だけじゃ、
心の傷はやっぱり、埋められない。
けれど、少しはスッキリした気がする。
やっぱり、あのはなしは、本当でも、ウソでもなかった気がする。
自分に言い聞かせてみる。
もう、春がきている。春がきたんだ。
桜はもうすぐ、満開になって、新しい御霊を迎えようと
準備している。
あたらしい御霊達は、やがて、いま静かなこの校舎に
どよめきと、歓声と、喜びと、悲しみとを響かせるだろう。
三年間という、長いようで短い、青春という名の列車に揺れて揺られて、
毎日を過ごすのだろう。
フラッシュのように、廊下を行き来する、生徒たちの姿が見えた。
中には、すでに白い包帯を心に巻いて、ココにいる子もいるのだろう。
白い包帯、を、巻こう。
いつかまた、巻いてあげる。
「僕は、君が負った傷を、認めてあげるよ」
傷を知ってあげるよ。
そう、胸に刻みつけて、叫んだ。
そうして、白い包帯を、教室の片隅にあるくず箱のなかへ
放り込んだ。
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