さて、後編となります。張り切って参りましょう。

6⃣アイドルへの偏見をなくそう

 商業作詞家が必要とされる場面っていうのは概ねアイドルです。何故ならアーティストは基本的に自分で曲も歌詞も作るからです。商業作詞家の出番はだいたいアニソンかドラマ主題歌か声優ユニットかアイドルかのどれかです。歌い手グループとかVtuberも呼び方は違えど基本的にアイドルみたいなもんです。アニメやドラマの主題歌であったとしても、基本的にあなたが直接提供する相手はアイドルの人達です。あなたが目指すべきはヨルシカでもずっと真夜中でいいのに。でもありません。YOASOBIです。商業作詞家を目指すのであれば商業音楽に殉じる心構えを持ちましょう。まぁ、価値観が大きく変動する時代でもあるので、この辺りの今後の風潮はわからないですが基本的にそういう心持ちでいた方が良いです。

 とはいえアイドルも決して悪いものではありません。アイドルへの偏見があったり、アイドル文化が良く分からないという感じのあなたは、とりあえず「推しが武道館に行ったら死ぬ」とか「推しの子」とかを読んでください。若い頃はバキバキのパンクロックキッズだった僕も今では現役バリバリで地下アイドルオタクをやらせて貰っていますが、アイドル文化というのも楽しいものです。

 商業作詞家の仕事は基本的にアイドルとファンの為のものです。アイドルがどのようにファンに愛され、またファンがどのような気持ちで何を求めてアイドルを追っているのか、アイドルはファンにどのような心持ちでその期待に応えようとしているのか、それを踏まえようともせずに商業作詞家の仕事は成り立ちえません。もし、あなたが仕事を任せて貰える立場になったのであればクライアントとそのファンの関係をしっかりと研究して下さい。原稿を書く時間に大きな猶予を貰えるような仕事ではありませんが、あなたにはその責任があります。少なくともその責任を果たすためにできる限りの努力をしなくてはなりません。あなたの書く一文字一文字がアイドルとファンの関係を素晴らしいものにも、素晴らしくないものにもしてしまうのです。時には彼らの培ってきた関係を台無しにしてしまう事だってあります。一人のリリックライターとして、また一介のアイドルオタクとして、その恐怖をちゃんと持って、彼らの関係を素晴らしいものに導こうという矜持のある方にこそ僕は商業作家をやって貰いたいと思っています。

 なんにせよアイドルに対して一家言を持ってください。彼ら、或いは彼女達はただ可愛らしく愛想を振りまいているわけではありません。そこにはアイドルとファンの間だからこそ成り立つ関係と、その関係の中だからこそ成り立つ情熱が確かに存在しているのです。そういった意味で、ヴィジュアル系の音楽というのも無視できない存在です。バンギャと呼ばれるファン層に対してあれだけ献身を惜しまない音楽性を持った人達は他にはいないです。だからこそ彼らは男の身で言葉を綴りながら少女達の心を掴んで離さないのです。そこには少女達への心情へ心を寄せて寄り添おうとする矜持があります。彼らの姿勢に学ぶべきところは多いです。それもまたアイカツです。

7⃣異性の思考回路を学ぼう

 とりあえず男性にお勧めするのは「おねがいマイメロディ」です。何も言わずに全シーズン見て下さい。あれは女性にとってのガンダムとか少年ジャンプみたいなもんです。サブカル界隈で死ぬほどマイメロアイコンの人を見かける事があると思いますが、だいたいの女性はああいうアニメ見て育っているのです。子供時代からちゃんと女性の積み上げてきた心情を履修しましょう。

 TIPS的に女心ハウトゥー本みたいなもの読んで分かった気になるのは害でしかありません。中途半端に分かった気になるのは、何も分からないよりもよっぽど致命的なノイズを生み出します。中途半端に頭の良い男よりも、頭空っぽの馬鹿な男の方が女性に好まれるのはそういうところです。中途半端に理詰めの俺様くんよりはバキ童とかあっくん大魔王みたいなふっきれた童貞キャラの方が女性からしたらよほど親しみがあります。僕は未だに何もわからん。

 次に「少女革命ウテナ」もお勧めです。あれはなにげに女性ファンの支持の強い作品です。特に刮目するべきなのは後編です。幾原邦彦は化物です。中でも圧倒的に彼女達の支持を集めているのは主人公ウテナの友人である篠原若葉です。彼女の一挙手一投足に注目し、解釈し、その心情の機微を追い求めて下さい。出来れば二周してアンジーの心情もトレースしてみて下さい。それができるようになってようやく女子中学生レベルの視点に立ち並ぶ事ができます。

 その後は少女漫画を読み漁って下さい。「花とゆめコミックス」なんかお勧めです。見るべきは主人公である少女の心情よりはむしろ男の子がどう描かれているのか、男の子の振る舞いに作者はどのような意図を込めて、読者がそれをどう受け取っているのかに焦点を当てて読み込んでください。最近のところだったらジャンプラのラブコメなんかもお勧めです。「ビスクドール」とか「月刊少女野崎くん」なんかも良いですね。一見コメディ調で描かれている作品にも視点やちょっとした振る舞いに様々な意図が込められています。それを感じ取れるようになっていきましょう。

 後は日本橋ヨヲコさんなんかもお勧めです。彼女は漫画界の椎名林檎みたいなもので滅茶苦茶思想が強くてファンの間からは絶大な支持を集めている作家さんです。「少女ファイト」とか「G戦場ヘヴンズドア」とかが代表作ですが、個人的には「極東学園天国」をお勧めします。

 それ以上を目指すのであれば映画の「ラブ&ポップ」なんかお勧めです。限りなく透明に近いブルーで名を馳せた村上龍の小説を原題にした映画で、援助交際おじさんの見本市が見れます。あと若い頃の仲間由紀恵が見られます。少女達を取り巻く闇の部分にもしっかりと焦点を当てていきましょう。あとは映画だと、「おんなのこきらい」とかも女の子に夢を見ている少年達には良いワクチンになるんじゃないかなと思います。漫画だったら「明日、私は誰かのカノジョ」とか「星屑の王子様」なんかも押さえておきたいところです。

 女性にお勧めするものはあまりありませんが、しいて言うなら「ブレイキングバッド」という海外ドラマがお勧めです。男の子の面倒くさいところが全部詰まってます。そして、しつこいつらいにその心情の動向が事細かに描かれています。スピンオフ作品である「ベターコールソウル」もお勧めです。とりあえずネットフリックスに入会しましょう。また、そういう意味では自分を振り返る為にも男の子にもお勧めしたい作品です。男の子は特にジェシーピンクマンに注目して下さい。彼は女性人気がすこぶる高いです。ブレイキングバッドの大ブレイクは彼の存在あっての事と言っても過言ではありません。女性の方はウォルターとソウルグッドマンに注目しておくと良いんじゃないかなと思います。滅茶苦茶面倒くさい男どもです。

8⃣人間を知って創作漫画を読もう

 僕はリリックライティングは基本的にアクトだと思っています。心情の奥深くに潜り込んでその深層に佇む真相を掘り当てるのが作詞です。先ずは人間を知りましょう。人間を探求しましょう。そういった意味でシティポップとかラップ音楽を聞き漁って様々な人の様々な価値観を吸収する事はとても良い経験になります。創作にばっかり向かい合ってないで友達付き合いや恋愛も含めた自分の人生をちゃんと生きましょう。酸いも甘いも含めてそれはあなたが筆を取る上でこれ以上無いリソースになります。よくボカロPの彼女になると曲にされるぞなんて言われたりしますが、あれは実話です。曲にしてる友達もいれば曲にされてる友達もちらほら見かけます。執筆稼業なんて良くも悪くも自分の経験してきた全てをぶちまけなければやってられないのです。

 作家は経験した事しか描けない、そんなはずはない想像力がある論争を最近よく見かけたりしますが、その想像力だって足場になるのはあなたの経験です。豊かな想像力は豊かな経験によって強化されます。人間を探求し、思考を続けて下さい。作家だって人間です。時には人間関係に悩んだり、失敗する事もあると思います。そんな時は自分をよく振り返って下さい。人間は自分で思っているほどに自分の事をよく分かっていませんし、自分の事を知りません。他人なんてなおの事です。そうして思い悩んだ思考の絶対量こそがあなたの人間に対する解像度を引き上げ、大いなる想像力を培う為の土壌となるのです。雑に生きてはいけません。

 そして創作漫画を読みましょう。創作漫画には創作をしてきた人達のぶちあたってきた苦悩がふんだんに題材として用いられています。それはあなたがこれからぶち当たる苦悩でもあります。免疫をつけておきましょう。個人的にお勧めなのは「G戦場ヘヴンズドア」と「ブルーピリオド」です。ジャンルは違いますけど「バガボンド」なんかも良いですね。アクトという意味では「累」もお勧めです。アクタージュ…?知らない子ですね…?

 ていうか脱線しますが、商業作家になるのであればマジで被害者の出る犯罪はやめてください。特に性に関わる犯罪は最悪です。まだ仕事を放り投げて引き籠ったり、お野菜(意味深)を齧って捕まる方がマシです。あなたの振舞い次第であなたの仕事が無くなったり会社に経済的な迷惑がかかるのなんかどうでも良いですが、あなたの振る舞いのせいで共作者の精魂込めた情熱が無為に消えるのは人類にとってあまりにも大きな損失です。何よりもあなたの関わった作品を愛したファンに対するこれ以上ない冒涜行為です。アウトローな事をしても許されるのはブライアン・ジョーンズだけですし、不器用でいても許されるのは高倉健だけです。音楽は夢を見せる仕事です。夢を見せた者には夢を見せただけの責任が伴います。そういった意味ではドル売りしている同業者と恋仲になるのもリスクは高いです。お互いに業界から干されかねませんし、円盤を叩き割るガチ恋勢だって出てきたりします。個人的にはアイドルだって人間だから恋愛もするだろうし、ちょっと厳しすぎる風潮かなって思ったりはしますが、夢を売る商売というのはそういうものです。まぁ、でも性犯罪よりは全然マシです。

9⃣謙虚な姿勢を持ち続けよう

 作家業は一生が学びです。時代が流れれば価値観が変わり、価値観が変われば若者達が持つ苦悩も変質していきます。ある時代では若者たちの救いとなった言葉が、次の時代では若者たちを蝕む呪いになり果ててたりもします。言葉を扱うという仕事というのはそういう仕事です。時代に取り残されれば待っているのは凋落だけです。若者の価値観を常に学び続けましょう。そして、彼らの支持を集めるアーティストの価値観を毛嫌いせずに吸収しましょう。別にヒットチャートを追えと言っているわけではありません。むしろ、ボカロ音楽がそうであったようにメインストリートから外れたサブカルチャーの方が若者達の心情への距離は近いです。小説で、演劇で、楽曲で、漫画で、映画で、その価値観の変遷を常に吸収し続けていきましょう。立ち止まった瞬間にあなたは作家として急激に老いていきます。村上龍を見倣いましょう。爺さんになっても少女達の不安定さをあれだけ解像度高く描けるのはもはや妖怪か何かな感じもしますが、目指すべきはあそこです。その上で、大人として子供たちに残したいものはしっかりと自分の中に蓄えておきましょう。それこそが作家業に携わる大変さであり面白さであり醍醐味です。

 さて、気が狂ったようなテキスト量になってきたのでそろそろ筆を下ろしたいと思います。プロでもアマでも創作稼業に足を踏み入れたからには待っているのは地獄です。でも地獄には地獄なりの楽しみがあったりもします。精々楽しんでこの地獄の底を練り歩いていこうではありませんか。

(終)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

商業作詞家を目指す方へ捧げる本当に役立つ作詞講座【後編:人間探求編】

そうさ100%精神論

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投稿日:2024/07/30 03:58:03

文字数:4,941文字

カテゴリ:その他

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