空「天気、良いですね」
沙織「そうですね、なんだかあったかくて眠っちゃいそうです」
空「ははは、記憶が無くて不安ではないのですか?」
沙織「……何故かわからないんですけど、なんだか記憶はこのまま戻らない方が良いような気がするんです」
空「ほう。では今後はどうするんです?」
沙織「分かりません。でも、記憶戻しちゃいけない気がするんです。これも、体が覚えてるってことでしょうか?覚えてるから、記憶をなくしたままにしろって、体が言うんでしょうか」
空「沙織さん……貴女は気付かなければならない事があります」
沙織「え?」
空「でもそれは俺の口からは言えません」
沙織「気付かなければならない事……」
空「そう。そしてそれは貴女にとって辛いものかもしれません」
沙織「思い出さなければなりませんか?」
空「それは貴女が決める事です。でもやはり、俺は思い出した方が良いと思います」
沙織「思い出した時、私は悲しむのでしょうか」
空「恐らく」
沙織「……それでも、思い出した方がいいとおっしゃるのですね」
空「ええ、あなたと、貴女の周りの方々の為にも」
沙織「え?」
空「貴女はさっき、“家の近くじゃありません”と言いました。という事は、家の場所は覚えてるみたいですね。どうして家にいってみようと思わないんですか?記憶の手がかりが一番有りそうな場所なのに」
沙織「え……そういえばあたしなんで……」
空「“体は覚えています”。何か家に行きたくない理由があるんじゃないですか?」
沙織「家…家…家族……?(間)そうだ、あたし……(動揺しているように)(間)
   (以下少し落ち着いて)お母さんが死んだんです。5年前に。病気でした。
   父は私を一人で育ててくれていました。でも2カ月前に再婚したんです。
  秋絵さんって言って綺麗で優しくて、素敵な女性です。反対はしませんでした。
父にも幸せになってもらいたかったですし。(間。以下少し動揺して)
でも、父がこのまま死んでしまったお母さんを忘れてしまうんじゃないかって思って
そしたら新しいお母さんと私、少しギクシャクしてしまって。とても優しい人なのに
私が勝手に距離を置いてしまって。居場所が無い気がして。あたし、怖くて。
そう、あの日。少し一人で考えたくて夜に少し遠くに行こうって思って。
考え事してて少しぼーっとしてたんだと思います。ライトは見えてたはずなのにあたし……あそこの角から出て行って……クラクションとブレーキー音が聴こえた時にはもう……」
空「(間)思い出したんですね」
沙織「はい……空さんにはどうして私が見えるんですか?」
空「俺は元々そういうのが強いんだ。まあいつもはそういうのが見えない様に特殊な
眼鏡かけてるんですけどね。だからあなたが入って来た時、最初は気付かなかっ
た」
沙織「あの黒髪の人は……?」
空「あの人は色々と特殊なんです」
沙織「特殊……」
空「一旦店に戻りましょう。ここで話していたら、俺が独りごと話してるみたいですし。
  さっきの奴みたいにこの辺うろうろしてるやつもいると思うんで」
沙織「あ、はい」

サラ「へえ、相変わらずあたしには見えないし聴こえないけどね」
空「だったら余計な邪魔しないで店番してろ強欲女」
サラ「はあ?」
李音「こらこらお二人とも、お客様の前ですよ」
サラ「あたし見えないし」
空「だったら首突っ込んでくんな」
李音「お二人とも、いい加減にしてください」
サラ「わかったわよ、あたしが黙ってればいいんでしょ?はいはい黙ってますよー」
空「ふん、最初からそうしてろ」
サラ「あんた、あとで覚えときなさいよ。今はお客がいるからここでやめといてあげるわ」
李音「……全く。(間)申し訳ありませんね沙織さん。改めまして、店長の李音です。おか
えりなさい」
沙織「あ、沙織です。ただいまです」
李音「事情は空君からききました。記憶が戻ったようで何よりです。しかし、随分冷静で
すが、生きたいとは思わないのですか?」
沙織「……私、このまま居なくなった方が良いんじゃないかって思うんです。
   折角幸せな二人の邪魔をしたくないです。どうせどうしようもない事ですし、
諦めて受け入れます」
空「本当に?」
沙織「え?」
李音「本当はどうなんですか?それがあなたの本心ですか?二人の幸せがなんて建前で、本当は怖いんじゃないですか?」
沙織「私は……(間)正直、秋絵さんがあたしを受け入れてくれるか心配なんで
す。凄く優しくしてくれてるけど、本当はあたしの事目障りだって思ってるかもしれ
ないって」
空「……辛かったんですね」
沙織「……はい。でも本当は秋絵さんとも仲良くしたいです。でももう……」
李音「本当は生きたいんですね?」
沙織「生きたいです。このまま死にたくなんてないです。もっと色々話して、秋絵さんとももっとたくさん話してみたかった」
李音「そうですね。きっと話してみればよかったと思います。あなたのお母様は、
あなたの事も、無くなってしまったお母様の事も、悪く思ってなんかいませんよ」
沙織「え?」
李音「先程、沙織さんのご自宅へ伺わせていただきました。そしてこれをお借りしてきた
んです」
沙織「わたしの家に…?どうして私の家が…それにこれは…」
李音「はい。あなたの部屋にありました。これはあなたの無くなったお母様の形見だとききました。この鳩時計は構造上毎日このひもを引かないと止まってしまうようですね」
沙織「はい。でも、事故から三日経ってるのに……動いてる」
李音「そうです」
沙織「…どうして…」
李音「時計に聴いてみましょうか」
沙織「え?それってどういう」
李音「ちょっと失礼しますね」
(時計に刻む音)
(万魂出現音)
沙織「時計から……小人!?」
万魂「小人かあ、なんかかわいいね」
沙織「しゃべった!」
李音「これは万魂と言って、時計に宿るツクモガミのようなものです」
沙織「ツクモガミ……・?」
李音「ええ、大切にされた物には魂が宿る、ってきいた事はありませんか?」
沙織「あ、あります…そしてこの子が、ヨロズダマ…?」
万魂「始めまして、かな?沢山話したい事はあるけど、時間が無いからさ。
 まずは、いつも大切に使ってくれてありがとう。君のお母さんもきっと喜んでくれて
ると思う」
沙織「うん…お母さんの形見だもん。凄く大切だよ」
万魂「一日も欠かさず、毎日僕を動かしてくれたね。君のお母さんと君が僕を大切にしてくれたから、僕は今こうして君とお話できてるんだ。そして、君の新しいお母さんもね」
沙織「え…?」
万魂「あの人、君が事故に遭ってからとても悲しんでた。食事もあんまりとってないみたい
だし凄く弱っていたよ。だけどね、毎日僕をちゃんと動かしてくれてた。
僕が君のお母さんの形見で、君が僕をとても大切にしていた事を知ってたから」
沙織「秋絵さんが……」
万魂「そう、だから死んでもいいなんて言わないで。もっと生きて、ちゃんとあの人とも話
して欲しかった。きっと仲良くなれた筈だから」
沙織「秋絵さん……」
万魂「君は一人じゃないよ。怖くても、僕が居る事思い出して。もう合う事は出来ないけれ
ど、僕はいつだって見守ってるから。僕だけじゃなくて、お父さんも、秋絵さんも。
それに、この店の人たちだって、ねえ?」
李音「ええ、もちろんです」
万魂「ね?だから、一人で何でも抱え込んでしまわないで。辛くなったら、思い出して。
 最後に言わせてね、僕を大切にしてくれてありがとう、ばいばい」
沙織「ま、待って……」
(消滅音)
李音「万魂を長い時間顕現させることはできません。だけどあの子はその短い時間をつかって
懸命にあなたに訴えかけました」
沙織「生きたい……死にたくなんてないです。秋絵さんと話したかった。あたしがちゃんと
勇気を出せてれば」
李音「誰だって怖いですよ。だからそんな時は一人じゃないって思い出してください」
沙織「……ありがとうございます」
(沙織が消えていく音※要相談)
空「消えましたね」
李音「はい」
サラ「ふーん…もう未練が無くなったのかしら」
李音「さあ、どうでしょうね」
空「うん、でもさ」
李音「ええ」
サラ「何よ二人して」
李音「いえ、何でもありませんよ」
(間)

入店音
沙織「こんにちはー!」
空「お、いらっしゃいませ」
李音「いらっしゃいませ、沙織さん」
サラ「いらっしゃ…え?それってこないだの事故の子!?」
沙織「あ、改めまして沙織です。前回はみえてなかったんですよね」
サラ「え、え、っていうか成仏したんじゃなかったの?しかもあたしにも見えてるし」
李音「サラさん、彼女は亡くなってなんかいませんよ」
サラ「え、何、どういう事」
空「こないだのは生き霊。誰が死霊っていったよ」
サラ「は!?だって普通事故にあって霊体っていわれたらそりゃ…」
李音「まあ、そうですね、そう思いますよね」
サラ「なーんだ。でもまあ、よかったじゃない。改めて、店員のサラよ」
沙織「ありがとうございます。サラさん、よろしくお願いします」
空「で、どうなのその後は」
沙織「はい、あの後目が覚めたら病院のベッドだったんです。ベッドの横にはお母さんがい
て……目の下クマが酷くて、多分あたしが轢かれてからずっと……」
李音「ええ、僕が沙織さんの家に行った時、お父様にお会いしました。お父様もあなたが心
配で会社を会社を早引きされていたようですね、二人で交互に病院に行っては、あ
なたの傍についてらっしゃったみたいです。僕がお伺いした時はお母様が病院につい
てらっしゃったようです」
沙織「はい、私が目を覚ましたらおかあさん、泣きながらよかったって抱きしめてくれまし
 た」
空「お母さん、って呼んでるんだね」
沙織「はい、もうギクシャクしてません。これからもっともっと仲良くなれると思います」
李音「そうですか、それは良かった」
沙織「今日はお礼を言いたくて。ちゃんとあたしに生きたいって気持ちを持たせてくれてあ
りがとうございます。結構危なかったみたいで。あとは本人の精神力ですってお医者さ
んに言われていたらしいので。あのままだったら本当に死んじゃってたかもしれなかっ
たです」
李音「はい。僕も一度病院に伺いましたので容体はきいていました」
沙織「はい、お母さんからも、李音さんが訪ねてらっしゃったとききました。みなさん、
本当にありがとうございました」
空「いえいえ」
李音「またお困りの際はいつでもどうぞ」
サラ「今度はお客としてね」
空「ブチ壊し」
沙織「あははっ。はい、また遊びに来ますね。今度はお母さんも連れて」
李音「はい、是非。またのご来店をお待ちしております」

(店を出る音)


“私”
小野寺さんから話を聞いた後、私は沙織さんが運ばれた病院へ向かいました。
三日間も意識が戻らない娘さんを心配する彼女の姿は、私が話を聴くまで血の繋がりが無い事を感じさせませんでした。
私という来客で緊張の糸が多少緩んだ彼女は、ひたすらに沙織さんとの事について泣きながら話しだしました。自分が少し避けられていたのではないかということ。新しい母親を望んではいないんじゃないかということ。そんな自分と居たくなくて家を出て行き、事故に遭ってしまったんじゃないかと。
秋絵さんが沙織さんをどれだけ大切に、自分の娘のように思い、沙織さんのお母さんの事を尊敬しているのか。
沙織さんがお母さんの形見の鳩時計を大切にしていた事を知っていて、沙織さんが目を覚ました時もしっかり動いているように欠かさずひもを引いているようです。
お母さんの事を忘れられなくても、自分の事もいつか受け入れて欲しいとおっしゃってました。
ただ一つ気になったことがありました。
秋絵さんがふと漏らした「今日は不思議な日ね。この子の事をしらない人たちがお見舞いに来てくださるなんて」という言葉。
私の他にも一人、沙織さんを訪問した知らない人が居るらしい。
何でも肩まで伸びた黒髪のその人物は、女性とも男性ともつかない柔らかい物腰をしていたといいます。
その人物は自らを時計屋だと名乗り、一連の話を聞いた後鳩時計を少しだけかしてほしいと秋絵さんに言ったそうです。
どうして鳩時計の存在を知っていたのか、それを拝借する必要があったのかは分からないそうです。ただ、その不思議な雰囲気にのまれて彼女は鳩時計を引き渡す許可を出したといいます。
時計屋なら大切な時計を乱暴に扱いはしないとも思ったのでしょう。
話をきく限り、その人物像は私が追っている“彼”とよく似ていました。
しかし初めて会った私が、娘さんの事で大変な時に関係のない事を深く掘り下げる事もどうかと思いましたし、きっと秋絵さんも“彼”に関しては詳しく知らないでしょう。
それ以上“彼”についてきくのをやめ、私は病院を後にしました。
その後きいた話によると、沙織さんはほどなくして目を覚まし、回復したそうです。
よかった。お母さんとも上手くいきますように。
あの鳩時計はどうなったのでしょう。病院にいって沙織さんの住所をきき、自宅に伺おうとも思いましたが、三人の想いの詰まった時計ですから、無粋な事はしないでおこうと思いました。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

刻音2話案(2)

(・ω・*)

閲覧数:74

投稿日:2013/07/11 22:18:54

文字数:5,456文字

カテゴリ:その他

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