トップ・バッターは、このところ乗っているピアノの仲道郁代から。1997年9月は初のドビュッシー・アルバムが登場したが、10月もそれに勝るとも劣らぬ素敵なアルバムが登場した。フランス在住の作曲家、田中カレンが書いた子供のためのピアノ曲集「星のどうぶつたち」を収めた1枚。クリスタルのように音がキラキラきらめき、それが戯れながら秋(とき)が過ぎてゆく。

続いて、古今東西の“しっとり系”のメロディーを集めた「エレジー」。天才トランペッター、セルゲイ・ナカリャコフの1枚で、透明なトランペットの深い響きがピアノをバックにどこまでも広がり、静かに、そして優しく、聴く者を包み込む。TVドラマ「北の国から」のテーマ曲がおまけに付いているのはご愛きょう。

3番は、長老のチャールズ・マッケラスがスコットランド室内管弦楽団と取り組んだブラームスの交響曲全集。没後100年で、1997年はブラームスの当たり年でもあるが、こちらは作曲当時の演奏スタイルを再現、歴史的な演奏をめざした全集。小回りの効く小編成の室内オーケストラを使ったのがプラスに働いて、細かいディテールを拾い上げた一筆書きの魅力にあふれている。

主砲はこの人、1996年に亡くなった今世紀を代表する指揮者の1人、セルジュ・チェリビダッケ。彼が晩年、ミュンヘン・フィルを振った演奏会の録音がいよいよCD化されることになり、1997年10月は先陣を切って、ムソルグスキーの「展覧会の絵」などを収めたアルバムがリリースされた。

生前、大の録音嫌いで知られたチェリビダッケだが、これから登場するアルバムは、文字通り彼の楽器と化したミュンヘン・フィルと一体となって繰り広げた“世紀の記録”。今回の「展覧会の絵」も、ゆっくりとした歩みながら緊張が途絶えることなく、その音楽に引きずり込む不思議な力が宿り、聴く者は次の一音が待ち遠しくて仕方がない。フィナーレはまさに金管群による、すさまじい音の伽藍(がらん)だ。

マリス・ヤンソンスがウィーン・フィルを指揮したショスタコーヴィッチの交響曲第五番ほかを収めた1枚が5番。ウィーン・フィルとの初録音盤で、1997年の定期演奏会のライブ。時に大胆、時に繊細に歌い、天下の銘器を相手に臆することなく、しなやかな音楽作りでその円熟を世に問う。

続いて、タカーチ弦楽四重奏団によるバルトークの弦楽四重奏曲全集。彼の母国、ハンガリーを代表するカルテットの16年ぶりの再録音盤で、どれも慈味深い演奏。室内楽でもう1組。ピアノのアンドラーシュ・シフ、バイオリンの塩川悠子、チェロのミクロシュ・ペレーニのトリオによるシューベルト。ピアノ三重奏曲第1番、第2番、それにアルベジオーネ・ソナタ。気心が知れたこの顔ぶれがそろえば、いわずもがな、何とも人恋しくなる演奏。

人恋しくなったら歌曲も。どちらも生誕二百年を迎えたシューベルトで、ともに“真打ち登場”といったところ。まずはバリトンのトーマス・ハンプソンによるシューベルトの「冬の旅」全曲。ピアノ伴奏の第1人者でもある、指揮者のヴォルフガング・サヴァリッシュがバックを務めれば怖いものなし。2人が一体となってシューベルトのみずみずしい音楽に浸ってやむことがない。

みずみずしさはこちらもまた抜群。このところ日本でも急速に評価が高まっているバリトンのトーマス・クワストホフのアルバムで、「魔王」などゲーテ作詞によるシューベルトの歌曲を集めたアルバム。正確な発音、深みのある声、決して荒くならないコントロールの効いたその歌唱で、聴けば聴くほど切々とした想いが募る不思議な雰囲気を持つ1枚。

発売が1997年11月1日ではあるが、最後の指名代打には、ソプラノ鮫島有美子の一足早いクリスマス・アルバム。山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」から世界初登場となる「ホワイト・クリスマス」の日本語バージョンまで収め、訳詞を山下が担当したという話題もあるが、何といっても最大の魅力は、聴き手に安らぎを与えてくれる、その美しく伸びやかでキメの細かい鮫島の声。人の声の暖かさに深まる秋もしみじみ。

戸川利郎

参考:http://www.christianmusicdaily.com/content/view/240/63/

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おすすめのクラシックアルバムを紹介します。今回は、人生の中で一番楽しかった1997年の秋に発売されたアルバムに限定しました。

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投稿日:2020/05/26 11:55:10

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カテゴリ:その他

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