【海人サイド】
夏祭りの日から、4日後。
「課長さん~、私もう疲れましたぁ~~寝たいですぅ…」
「こら、怠けるんじゃない。寝るなら仕事を終わらせてからな」
「課長さん厳しいですぅ~」
午後8時の、仕事場にて。リンはもう音をあげていた。
朝の9時から出勤して、すでに8時間労働は過ぎ、仕事は残業へと突入すれば、そりゃ寝たくもなるだろう。
リンのようにギブアップしたくなる気持ちもわかるのだが、それでは捜査一課は務まらない。
例の暗殺事件に関して、ほぼ捜査に進展がないことも、解決への道のりが遠いことも、リンにはわかっていた。
「ねぇ課長さん。この事件が解決したら、私、結婚するんだ……」
頭が回らないので、リンは課長をからかってみようと適当なことを言ってみる。
しかし海人は、「へー、それはおめでたいな」と、書類から目を離しもしないで、淡々と言ってのけたのだった。
いつもの課長なら突っ込んでくるところだと思ったのだが、何もなかったことに少し拍子を抜かし、再び咳払いをして課長の気を引こうとする。
「帰ったら一緒に、サラダでも食べようか……」
今度はもう、何も言わなかった。おかげで変な間が生まれてしまう。
なんとも気まずい雰囲気だ。
大体、サラダ食べようって何だ。その言葉を言ったリンでさえ、もう眠すぎて思考が働かない。
「課長―!!何とか言ってくださいよおーー!」
あまりのいたたまれなさに、リンは駄々をこね始めた。
そんなリンを見かねて、俺はこめかみを抑える。
「うるさいってさ、課長が」
そこに、口を挟んできたのはレンだった。レンは慣れた手つきでパソコンを動かし、作業をこなしている。
さすがにリンより社会人経歴が長いこともあって、残業は慣れているようだった。
「だって……」
「課長も疲れてるんだよ。毎晩毎晩、同じことの繰り返しで。手掛かりもろくに見つからないんだ」
「……まぁな、レンの言うとおりだ。正直、進展はしていない。リンが音をあげたいのもわかる。でも、もう少しだけ頑張ってくれ、頼む」
「それは、わかってますけど」
まるで本当の子供の用に、頬を膨らせるリン。
「たまには息抜きも必要ですよ。課長なんかここ最近、毎日出勤じゃないですか。ここらで少し休んだほうがいいと私は思いまーす」
「そりゃ、俺だって休みたいけどさ。休めないんだよ。管理職ってリンが思ってるより大変だぜ?」
「じゃ、せめてちょっと休憩しましょうよ。私もう疲れちゃいました」
「休憩か……まぁ、それもいいな。丁度のど渇いてたし」
「わーい♪」
「休憩になった瞬間に元気になるのな、リンは」
リンは、できれば残業なんてしたくなかった。自分の身はもちろんそうだけど、課長も身を削って働いているのを見ていると、こっちがハラハラする。残業があるのは仕方がないのだけど、正直なところ、このエンドレスに続く残業週間がリンは嫌になっていた。
「コーヒー買ってくるけど、お前らもついでに何かいるか?」
「あ、じゃあ俺エメマンで。」
「私は……、課長さんの飲んだコーヒーならなんでもいいです♪間接キスがいただければ、それで」
若干一名おかしいのがいるけど、そこはかとなく、二人ともスルーする。
「あー、でも、課長一人で缶持つの、大変でしょう?俺も行きますよ」
「いや、いいよ。今日はルカいないし。三個なら一人でも持てるから」
ちなみに、ルカは自分たちよりも早めに休憩をとっていた。多分どこかでタバコでも吸って、時間をつぶしているのだろう。もうすぐすればこっちに戻ってくるはずだ。
「ま、遠慮しないでくださいな」
その時、レンの顔が邪悪な笑みに染まったのを、リンも海人も、気づかなかった。
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