今日は、父が死んだ日の話をしよう。暗く落ちる話じゃないよー。
少し悲しくて、少し救いのある話。

もう二年前のこと。入院して三年目の春、父は死んだ。どうしようもなく苦しかったはずなのに、ほとんど弱音を吐かなかった。吐けなかったのかもしれない。どちらかはわからないが、どれだけ苦しくても諦めなかった。
最後に書いた直筆のメモは、チラシの裏。廊下の電球を取り替えるときはこれを使うんだよって内容だった。震える手で時間を掛けて書いたんだろう。少しずつ大きさがバラバラでミミズが這ったような、それでも丁寧に一文字ずつ書かれた文章だった。


ある日、実家から勤め先に電話があり、もう危篤で今すぐ帰って来てと母が言った。
最後に病院で彼に会ったときの話だ。

白いカーテンの掛かった白い部屋。私が来たのに気付き、父が、何本も何本も点滴のチューブが刺さりまくってる腕を持ち上げた。そのまま寝ていてもいいのに、動けないはずなのに、動かなくてもいいのに。残った力を振り絞り、僅かに右腕を持ち上げた。
私は、他人に触れることが普段あまり上手く出来ない。でもその日は、痩せ細って皺が増え骨が浮き出た大きな父の手を、強く握り返した。これが最後になるとわかっていた。

私は、さよならと言わなかった。
いつものように自分のことを話し、相手のことを尋ね。別れ際、いつものような口調でこう言った。

「じゃあまた」

大丈夫だと励ましたり、悲痛な声で名前を叫んだり。様々な人がいた。ベッドを取り囲んだ皆がそれぞれに彼を想い、誰も間違っていなかった。

ただ、父も私もわかっていた。多分、二人だけが冷静だった。
二人とも、口下手で他人に伝えるのも下手で、でも内心では沢山感じる人間で。多分二人とも、これが最後だとわかっていた。だから、落ち着いていた。

父の目は、もう機能的には見えていなかったと思う。それでも、私を真っ直ぐ見ていた。口下手で素直になれない二人だけど、私もその目を真っ直ぐ見つめ返した。少しだけ、私の目から涙が零れた。拭ったりはしなかった。そんなことどうでもいいんだよ。手を握り、瞬きすらせず、見つめ返して。

少し泣いて、少し笑って。ほぼいつものような口調で、こう言ったんだ。

「じゃあまた」

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父が死んだ日のこと

歌詞でもない、小説でもない。何に分類したらいいか分からなかったので、ジャンルをその他にしました

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投稿日:2012/07/29 21:15:45

文字数:957文字

カテゴリ:その他

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