今日も 人が死ぬ
自ら命を 絶つ

そして ひっそり忘れられる

その存在は 記憶されない


“空気”が人を殺す
誰も 手をかけることはない
それを為すのは ソイツの手

その死を食って 生きている“世間”


生命の座 頭上には ダモクレイスの剣
シトクロムc 吊す 僅か一本の髪
アポトソーム→活性→カスパーゼ-3
タンパク質は 切り刻まれ 美味しく“料理”される

そんな“料理”を食べるのは “世間”
そして そこに 所属する すべての“人間”
人と人の狭間にあるもの それを 透して…



明日も 誰かが殺される
それを 誰も殺人と言わない

だから ひっそり忘れ去られる

その意味が 問われることはない


“空気”が人を生かす
誰も それに逆らうことはできない
醸成するのは 現在の私質(ワタシタチ)



優しい真綿が まとわりついて
徐々に首を 絞めてゆく…

それをするのは コレカラの私質(ワタシタチ)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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アポトーシス

宿主を殺す寄生虫やウイルスがある。
彼らはそれによって、次世代の種を世に放ち、
次なる宿主を目指す。


さて、同じく宿主を殺す「ガン」…これを自然選択による進化
だと見なせば、新しい生命。その関係は宿主と寄生の関係とも
言えよう…彼の進化には未来は全く無いのだろうか。

アポトーシスの頸城を解き放ち、進化を遂げた細胞ユニット。
遺伝子を混ぜ返し、そこでの自己同一性を失っても、決して
「個性」は失わない。細菌的アイデンティティ。

膨張し、死によって撒き散らされる彼の遺骸は、
世界に対し何を語るのか…。世界は何と答えるのか…?

精神と肉体、表現と個人、遺伝子と細胞…聖書と社会
それらが競合する狭間に、答えは…見えている。


高橋留美子の「人魚シリーズ」永遠の命と出来損ない。
人間と鬼との関係にも、私は類似の問いかけを見る。


■死の天使ビオブラスト

この比喩に添って考えると、

死の天使ミトコンドリアとは何?

おそらく「努力」…怒りのエネルギー

…とでもなり得ようか。
それこそが「成長の糧である」という価値観は、今も根強くある。
…努力!努力!努力!! (…でも、「根性」は薄れ消えた。)

しかし、怒りのネガティブなエネルギーは、嫉妬や逆恨みに
転倒し易い。危うさを秘めている。競争原理が協調を破壊する。

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投稿日:2008/04/18 19:22:58

文字数:416文字

カテゴリ:その他

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