『キレイな幸せ』 後半


登場人物   マァ:男。谷口政章。27歳。喫茶店の店長。両親はすでになく、
          マンションに1人暮らし。
      マユミ:女。栗原真弓。27歳。谷口の元同僚。精神的に病み、
           仕事を辞め、今は両親と同居している。 
    マユミの母:

シーン7

カメラ    最初、窓から夜景のカットを数秒。おもむろにマユミのアップ、
      小声で「ヨシ。。。ヨシ。。ヨシ。。と言いながら何も無い場所を
      指さしなら確信していく。ズームアウト。途中、枕のそばに置かれた
      サランラップ、足元からベッドまで敷かれた新聞紙、夜用の手袋や、
      脱ぎ捨てられた服のカット。

マァナレ   (マユミの寝るまでは、ちょっと大変だ。。。。慎重に服を
      着替えたら、指さし確認が始まる。聞くと、着替えるまでの自分の
      行動を確認しているそうだ。それこそ一挙手一投足一つ一つ、
      念入りに。。。)  

カメラ    ベッドの上であぐらをかき、枕にラップを巻き始めるマァ。時折
      指さし確認しているマユミをチラ見しなら。巻き終わると、マユミの
      脱ぎ捨てた服を拾っていき、風呂場の方へ向かう。洗濯機の前にいる       マァの背中、丁寧に下着は専用の袋に入れたり、色物は別にしたりと
      仕分けをしている。と、パタパタとスリッパの音と「あぁぁぁ」と
      なさけないマユミの声がして、手を洗い出す音に続く。少し手を止め、
      軽く首を振るマァ。

マァ     「きょうもあかんかったか。。。」

カメラ    棚から新しいタオルを取り出し、台所にむかうマァ。台所では
       マユミが手を洗っている、肩近くまでパジャマの袖をまくりあげ、
       真剣な表情。

マァ     「今日はなにヘマしたん?」

カメラ    何も答えず黙々と洗い続けるマユミ。やがて洗い終わると、
       マァの方を向き、前へ習えの形に手を差し出す。マァ、持ってきた
       タオルで腕から手先まで優しく拭いていく。

マユミ    「あのね」

マァ     「うん」

マユミ    「着替え終わった後に手ぇあらったやん? その後、
       首の後ろんとこがかゆくなって、掻いちゃってたの。。。。」

マァ     「あちゃあ、、そら失敗やったなあ。」

マユミ    「うん。。。」

マァ     「ほい、キレイになったで。」

カメラ   拭いてもらったマユミはまた指さし確認を始める。マァ、それを横目で
      見ながら、机においてあった薬袋から、薬の粒、軟膏と手袋を
      取り出し、指さしが終わるのをタバコを吸いながら待っている。
      しばらく見ていた後、なにかに気付いたように立ち上がり、台所に
      向かう。その背中を追うカメラ。コップに水を汲むマァの手アップ。

マァナレ (マユミは病院に通っていた。なんの病院かは聞いていないけど、
      手荒れの軟膏と、数種類の錠剤。手荒れはもちろん、手を洗いすぎて
      しまうから。錠剤の名前は聞いた気がするけど、覚えていない。ただ、
      それがないとマユミは眠れないらしい。)

カメラ   蛇口から滴り落ちる水滴。台所の電気に照らされているマァの
      顔アップからシルエットへ。

マユミ 「マァ。ねよー! はやくー!」

マァ 「お。わかった。」

カメラ  台所から去っていくマァの背中。誰もいない台所。マアの「
     電気消すぞー」と言う声が聞こえ、ブラックアウト。

シーン8

カメラ  マンションのドア、室内から。ドアがあき、マユミと、それをかかえる
     マァ二人が入ってくる。

マユミ 「あははは、ただいまぁ~!」

マァ 「はいはい、わかったわかった。。。」

カメラ  ソファにすわらせ、水を汲みに行くマァ。マユミはそこで 横になり
     うつらうつらし始める。マァが水を汲んでくると、それを一気に
     飲み干し、またうつらうつらし始める。横に座るマァ。

マァナレ (マユミは、いつも気を張っている所為か、たまに箍が外れたように
      酔っぱらうことがあった。酔っている間は自分が汚いということを
      気にせずにいられるらしい。)

マァ 「ほら、そんなとこで寝たら風邪ひくで。」

マユミ 「そやねえ」

カメラ   そう言いながら、マァにしがみつき、マァの膝枕で、またうつらうつら
     し出す。マァ、頭をなでながらマユミの手を握ってやる。

マァナレ (こんな時しかボクは直接マユミに触ることは無い。マユミはボクに
      触られるのがイヤというわけでは無いけど、触ったボクが汚くなる        ことに恐れを抱いていたらしかった。)

マユミ 「マァ?」

マァ 「ん?」

マユミ 「あたし、、、、臭い?」

マァ 「んん? 別にくそないで?」

マユミ 「ほんま? ほんまにほんま?」

マァ 「ああ、ほんまや。。。。ん?ちょっとまてよ。。。」

マユミ 「。。ぇ?ぇ?」

マァ 「ああ、酒臭いな・・・」

マユミ 「あああんもうぅぅ!!」

カメラ マユミ、マァの胸にしがみつく。

マユミ 「ほんまにそれだけ?」

マァ 「あぁ。あとは石鹸と、シャンプーのにおいだけ。ボクの好きなにおいだけや。」

マユミ 「あんなあ。。あたし。。。」

マァ 「うん。」

マユミ 「ほんまはすごい臭いんよ?」

マァ 「ふーん。」

マユミ 「マァの鼻、おかしいわ。」

マァ 「うん。」

マユミ 「そんなに鼻の穴おおきいんになあ。。」

マァ 「ほっとけ。。。」

マユミ 「ほんまにな。。。臭いんよ。。。」

マァ 「うん。」

カメラ  マァ、しばらくマユミの頭をなで続けている。ねむってしまうマユミ。
     煙草に火をつけ、動かないマァ。

マァナレ (マユミがなんでこんな風になったか、ボクは彼女の母親から
       聞かされていた。)

シーン9

カメラ   回想シーン。喫茶店のテーブル。カメラ前にマユミの母親。コーヒー
      カップを弄びながら話し始める。ずっとマァ目線。

マユミ母 「実はあの子。。。すごく好きな人がいましてね。。。高校の先輩
      だったんですけど。。」

マァ 「はぁ。。」

マユミ母 「その人とずっと付き合っていたらしいんですけど、、まあ、
      別れることになりまして。。。その時にね。。。理由が、臭いって
      言われたらしいんです。。。」

マァ 「・・・はぁ・・・」

マユミ母 「まあ、あの子から聞いただけなんで、本当は別の理由もあったんで
      しょうけど、あの子には、それが一番印象に残ってしまった
      みたいで。。それからなんです。あの子があんな風に
      なっちゃったの。。。」

マァ 「はぁ、そうですか。。」

マユミ母 「まあ、ご近所さんの目もあったんで、どうしようか、悩んだんです
      けど、そっち系のお医者様にも通うようにしまして、ちょっとは
      よくなってきたんじゃないかなあ、って思ってるんですのよ。。
      そりゃ確かに手はかかりますけど、あぶないことするとかはない
      ですし、親が言うのもなんですけど、見た目はそこそこいけると
      おもいますし、。。。。」

シーン10

カメラ   ずっとしゃべり続ける母親の姿にナレかぶっていく。ナレの途中で、
      部屋シーンに戻り、煙草を消してそっとマユミをベッドまで運ぶマァ。
      枕をラップで包み、手に軟膏を塗って手袋をさせて布団をかけていく。

マァナレ (正直言えば、『だからボクにどうしろって言うの?』って感じ
     だった。ボクは医者でも無ければ、ボランティアのつもりもなかった。
     ただ、そうしたかっただけで、過去に何があってどうなったなんて
     どうでもいいと思ってた。)

マユミ 「・・・マァ・・・・」

マァ 「ん? 着替える?」

マユミ 「なんで。。。」

マァ 「なに?」

マユミ 「なんであたしを抱かないん?」

マァ 「う~ん・・・なんでかねぇ・・・」

マユミ 「今まで優しくしてくれた人は、みんな抱きたがったよ? だからあたしは
     どうでもいいんだ。。。別に。」

マァ 「そっかぁ。。。さ、もう寝よ。」

マユミ 「マァ。」

マァ 「うん?」

マユミ 「マァ」

マァ 「うん。」

カメラ しばらく手を握りあったままの二人。やがてそっとベッドを降りてソファへ
     向かうマァ。煙草に火をつけてぼんやりといている。

マァナレ (マユミを抱こうとしたことはあった。彼女はそれを覚えていない。
     再会した日、酔っぱらって歩けない彼女をこのマンションに連れ込んだ。
     抵抗するわけでもなかったけど、なにか必死に我慢をしているように
     見えた。そして結局何も出来ず、、マユミは一晩中吐き続けた。)

マァ 「さて、っと・・・」

カメラ   煙草の火を消し、ベッドに戻るマァ。明かりをけし、ゴソゴソしたあと
      静かになる。

マユミ 「マァ」

マァ 「うん。」

マユミ 「マァ。。」

マァ 「うん。」

F.O

シーン11

カメラ   マンション内。マァは洗濯物を干している。ほとんどが女物で
      埋め尽くされている物干しをながめながら。

マァ 「よし、っと。。。」

カメラ   煙草に火をつけ、ソファにすわるマァ。そこに電話がかかってくる。
      電話をとると同時にブラックアウトし、ナレがかぶる。

マァモノ (奇妙な時間の終わりは、唐突に、そしてあっけなく、訪れた。)

カメラ   マンションの部屋。電話をしているマァ。ソファに座っている。
      煙草の灰が床に落ちている。

マァ 「・・・はぁ、、はぁ、え? あ、はい。。。いやでも。。。はい、
    はい、、、はい。。。。」

カメラ   短くなった煙草に気付かず吸おうとするマァ。あちっといって灰皿で
      もみ消す。灰皿のアップからブラックアウトし、ナレかぶる。

マァモノ (マユミが自殺した。)

カメラ マァ、のろのろと立ち上がるが、何をしたらいいか判らず立ち尽くす。

マァ 「え~っと。。。。あぁ、、洗い物しなきゃ。」

カメラ   台所にむかうマァ。食器を洗い始める。洗剤とならんおいてあった
      ハンドソープのアップ。マジックで『マユミ』と書いてある。マァ、
      それを持って軽く降ってみる。

マァ 「あぁ、もうあんま無いな。。。買っとかなきゃ。。。。」

カメラ そう言いながら、台所にぺたんとうずくまるマァ。押し殺したように泣く。

F.O

シーン12

カメラ   土手沿いを歩いているマァ。やがてしゃがみ込み、煙草を吸う。
      ゆっくりと流れる雲。川の流れ。

マァモノ (その日、同窓会があり、実家に帰っていたマユミは、いつものように
      べろんべろんに酔っ払い帰ってきたらしい。)

マァナレ (そこで何があったのかはわからない。ただ、その夜、いつも飲んで
      いた薬を、一ヶ月分全部のんでしまったそうだ。)

カメラ   マァ、煙草を消し、また歩き出す。

マァナレ (幸い、発見がはやく、命に別状はないらしいけど、そのまま入院
      することになったそうだ。。
    マユミはボクには知らせないようにと言っている。だからどこの
      病院かも教えてはもらえなかった。)

カメラ マンションに帰ってきたマァ。

マァ 「ただいま。。。。と。。。」

カメラ   誰もいない、静かな室内をカメラがすっくりパンする。買い物袋を
      テーブルにおき、ゴソゴソと何かし始めるマァの背中。

マァモノ (ボクは・・・・)

マァモノ (彼女を・・・・)

マァモノ (愛していたんだろうか?・・・・)

マァモノ (マユミは?・・・・)

マァモノ (よく判らない・・・・)

マァ 「よし、こんでオッケ、っと。」

カメラ   マァの手元アップ。『マユミ』とマジックで書かれたハンドソープ。
      それを台所に持っていくマァの背中。ブラックアウト。

マァモノ (ただ、確かにそこには幸せな時間があったんだ。)


(完)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

『キレイな幸せ』後半

『キレイな幸せ』後半

いつか映像化したいとおもってた作品です。

閲覧数:96

投稿日:2013/02/13 02:22:23

文字数:5,503文字

カテゴリ:その他

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