届け先の電磁嵐がひどいせいで、予定されていた便が欠航になった。
男は、臨時の休みを得ることとなった。
既に搭乗する準備を進めていたので、フリーに使えるヨットを借りだして小惑星へでも遊びに行こうと思い立った。
ヨットの格納庫へ向かう途中、彼はぼんやりと考える。
小惑星へ行ったところで、楽しいことがあるわけでもないことは分かっていた。
何処へ行こうが何をしようが、彼が心の底から楽しめることは無かった。
機械的に仕事をこなし、休みがあっても楽しいことはない。
寝ているか、惑星探査に関する古い資料を読むくらいがせいぜいだ。
何の喜びも驚きもなく、充実した感じを得ることもない。
空虚な生活を送っていた。
格納庫へ通じるゲートの横で、何かかが蹲っているのが目に入った。
薄暗くて良く見えなかったが、どうやら少女がぐったりとへたりこんでいる様子だった。
「……どうしたんだ?」
彼は声をかけた。
肩を微かに上下させながら、俯いている。
息が荒い。その動きに合わせて、束ねた髪先が揺れた。
鮮やかな、コバルトブルーの髪。
――間違いない。この娘、『初音ミク』だな。
「大丈夫か」
彼は、そのぐったりしたアンドロイドの肩を抱いた。
「……だ、大丈夫、です……。ちょっと、バグが、侵入したみたい……」
浅い息で、途切れとぎれに答える。
彼は、ミクの額に手をやった。
アンドロイドにしては、熱を持ちすぎている。
心なしか、ミクの顔が赤みを帯びているように見えた。
――まずいな……
呼吸が乱れているのは、冷却ファンがずっと稼働し続けているためだろう。
彼は、ちょっとの間考えると、
「ちっと御免よ」
と言ってミクの首の後ろ、うなじのあたりを探った。
「あ…ふ…っ……」
髪の生え際のあたりにあるボタンを押すと、ミクはバグの自己処理を止め、スリープ状態になった。
「ロボット工学の知識が、こんな形で役に立つとはね」
スリープ状態となったミクを抱きかかえ、ヨットのコクピットにもぐり込む。
ヨットはひとり乗りだが、コクピットの座席は横幅に若干余裕があった
隣の空いたスペースにミクを座らせると、ヨットを出した。
♪ ♪ ♪
――なんだか奇妙なことになっちまったな。
ミクの中に侵入したのは、おそらくバグではなくウイルスのたぐいだ。
バグならば自己修復プログラムによってある程度排除できるが、ウイルスではそうはいかない。
処理できないのに自己処理をし続けることで負荷がかかり、やがてオーバーヒートしてしまう。
学生の頃、学んでいたことだ。
まだスペースシップのライセンスを取る前、彼は独自にロボット工学も学んでいた。
もしも探査船のクルーになったら、アンドロイドを同僚に仕事をすることもある。
それらが不具合を起こした時のために、簡単なメンテナンスや応急処置の方法などを知っておく必要があると思ったからだ。
彼の自宅は、コロニーから程近い小惑星の一つにある。
自宅に帰れば、応急処置できるキットがあるはずだ。
――だけど……
ミクは彼の左肩に頭を凭せかけて、眠っている。
ウォーターリリーの薫りが、ふんわりと漂う。
――“病人”を放っておくわけにもいくまい。これは、人助けのためだからな。
後ろめたい気持ちを振り切り、大義名分を自分に言い聞かせ、彼はヨットを出した。
♪ ♪ ♪
ミクを背中に背負って、自宅に戻る。
部屋は散らかっていたけれど、この際しょうがない。
ベッドに寝かせると、机の下から工具と電子端末を取り出した。
――なんか、ヘンに緊張するな……
ロボットのバグ処理は、練習用デモで何回かやったことはあった。
けれど、実際に稼働している“実機”でやるのは初めてだ。
加えて、対象がかわいらしい少女の姿である。
やましいことは何も無い、と必死に自分に言い聞かせ、作業を始めた。
解析の結果、やはり侵入したのはウイルスだったことがわかった。
排除処理をしようとするプログラムを書き換え、ループさせていたのだった。
端末を操りながら、慎重にウイルスを隔離する。
すべての作業が終わる頃には、彼の臨時休暇がまるまる潰れていた。
電源を復帰させる。
ややあって、ミクがゆっくりと目を開けた。
彼は固唾を飲んで見守っている。
ミクはベッドの上に起き上がり、寝ぼけたような目で辺りを見回すと、彼を見つめた。
「あ、あの、わたし……」
「ウイルスだったよ。どうにか隔離して排除したけど……」
彼はホッとして、脱力感とともにベッド脇の床に座り込んだ。
♪ ♪ ♪
ミクの話を要約すると、
ライブを終えたあと、移動中に倒れてしまったということだった。
「いつもなら自分で修復できるんですけど、うまくいかなくって……」
ミクはベッドの上にぺたんと座って、照れ笑いする。
「ウイルスだからな。次から次に新種が出てワクチンも追いつかないし」
彼もその隣に腰掛け、散らかった部屋に気まずさを覚えていた。
「ごめんなさい、ホントに……」
ミクが立ち上がろうとし、そこでふらついた。
そうなることが分かっていたので、すかさず彼はミクの体を支える。
「病み上がりなんだから、無理するな」
柔らかく華奢で、儚げなミクの身体。
それを支えて外に出る。
「わぁ……」
空に、青く大きな惑星が見えている。
ミクは目を丸くして、それを見上げた。
「軌道が歪んでいる関係で、この時期に一番大きく見えるんだ」
隣で説明しながら、横顔を見た。
ミクは、うっとりしたように目を細めて、空を見つめていた。
その表情は、彼に不思議な既視感をおぼえさせた。
「極力、既存のプログラムに傷をつけないようにしたけど、何があるか分からない。注意深く過ごしてくれ」
ミクをコロニーへ送り届けるヨットの中で、彼は言った。
「分かりました」
ミクはぴったりと身体をくっつけ、神妙に頷いた。
コロニーに着き、ヨットの格納庫を出る。
彼は仕事場へ、ミクは次の公演場所へ行くので、ここで別れることになる。
「何かあったら、また呼んでくれて構わないから」
別れ際、連絡先を渡しながら彼が言うと、ミクは潤んだ目で彼を見つめ、
「はい。ありがとうございます」
と言って、にっこり微笑んだ。
♪ ♪ ♪
A sort of Short Story ~ by 『Light Song』 2/4
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