†††

帰宅して、取るものも取り敢えず真っ直ぐに向かうはまず冷凍庫。
「KAITOの種」を埋めてから、一昼夜。
本来はアイスに埋めるべきものを少しばかりイレギュラーな苗床にしてしまったけれど、ともかくも発芽するなら発芽して良いだけの時間は経っているはずだ。
……朝、出掛けに覗いた時はまだ何の変化も見られなかったようだが。

まさかの発芽失敗ではないことを祈ろう。


恐る恐る冷凍庫の扉を引っ張って開ける。
と。

『……いた』


数時間前にはまだ霙酒と種だけが入っていた硝子茶碗の中からは、霙酒がすっかり消え、その代わりに確かに何かいた。
少し前に流行った猫鍋よろしく丸まった姿。
どうやら眠っているらしい、それ。

『白いな』

小さくても間違いなく姿形はKAITO。
ただし、髪もマフラーも何もかも真っ白。
いや……むしろ、白より淡い透き通るような無色か。
それにコートだと思ったものも、よく見ると和服らしく、どうやら長羽織のようだ。
とりあえず冷凍庫の扉を閉め、手の中の椀をテーブルに下ろす。
と。

ぱちり。

まさにそんな擬音に相応しく。
大きく見開いたそれの目と、視線が絡んだ。
瞳の色は赤。
おそらくは瞳の色まで透明なのであろう。
血の色が透けて赤く見える。
完全にアルビノだな。

そうか、こうなるのか。

苗床となったアイスが発芽した種の体色にも影響するらしいとは聞いていた。
しかし、今回使ったのは基本的に無色透明の日本酒(霙)で、種への色彩的影響はゼロの可能性も考えていたのだが……。
つまり「KAITOの種」とはデフォルトで青い色素を持っているわけでは無いのか……?


「ますたぁ…?」

一人、納得していると。
何処か舌っ足らずのような、むしろとろんと溶けたような、幼い響きの声音が耳に届いて意識を引き戻される。
見れば、ゆっくりとした仕草で起き上がって椀の中に正座しようとしている、種。

ふらり。

一瞬、その上半身が揺れて倒れそうになる。
思わず支えようとして手を伸ばすと、指先に縋り付かれた。

「あなたが、ぼくの、ますた…です、か?」

それでも一応、きちんと座り直して。
そして小さく照れたような笑みを浮かべて、こちらを見上げる。

何コレ、可愛い。

……違う。
いや、確かに可愛いのだが。

『……うん。無事に生まれたな』

「……? はい。うまれました」

良かった。

深く考えずに霙酒に播種しておいて何だが、いわゆるアイスとは栄養成分が異なるとか、アルコールの影響とか、後々になって密かに不安が無かったと言えば嘘になる。
しかし、こうして見る限りでは呼びかけにも反応するし身体の不調を訴える様子もない。
この調子であれば、まずは安心か。

『そこから出られる?』

「はい」

ここにおいで、と。
テーブルの板面を振動を与えない程度に軽くコツコツと突いて示せば、ちょこりと頷いて立ち上がり、やや緩慢と思えるほどに慎重な仕草で硝子椀の縁を乗り越えて出て来る。
そういえば先程は少しよろめいていたな。

『大丈夫か?』

「…ぅ…? えー、と……?」

『……いや、大丈夫なら良い』

だから、首を傾げて悩まないでくれ。

やはり多少なりとも酔っているのだろうか。
しかし、たかが小瓶一本分でも種からすれば文字通り溺れるほどの量の日本酒だ。
“酔う”というのならば、それはつまり酒が酒として作用しているということであって、この量を飲んだら“泥酔”してしまいそうなものだが。
これは相当に酒に強いということなのか。
アイスであれば、幾ら尋常でない消費量でも「KAITOだから」の一言で済ませるのだが。
……と、そこまで考えて思い出した。
どうにも無駄な思考に囚われていけないな。

『…アイス、食べるか?』

まだ悩んだままの格好の種に、声をかける。
その瞬間、まるで弾かれたかのように反応を見せて顔を上げたのが、面白く思えた。

「あいすっ…?」

声を弾ませて、透明で綺麗なだけの硝子球のようだった瞳を煌めかせて、ついでに両手もしっかりと胸で組み合わせて見上げてくる。
その表情たるや、実に幸せそうだ。

『あぁ、お腹も減る頃合いだろ?』

「…おなか……おなか、すきました……はらへったー……」

途端に、情けない表情へと変わる種を見て、ついに小さく吹き出す。
まぁ、苗床と別に発芽直後にアイスの補給が必要であるとは予め聞いていたことだし。
長時間を冷凍庫で過ごさせてしまったから、仕方がないとは思うのだが。


『ほら。どれでも好きなの選べ?』

アイスは一応、帰りがけにコンビニに寄って買ってきた。
この先も種の育成には欠かせないものだし、目の前にあれば私も食べたくなるだろうとは予想できるから、そこそこ量も種類も豊富に用意してある。
しばらく迷っていた種は、やがて気に入ったアイスを見つけたようだ。

「……これ…」

『どれ…? コレ?』

「これ…これが、たべたい…です」

ダッツのアップルカルヴァドス、か。
カップの蓋を開けてスプーンを渡してやり、もう一つ適当に自分が食べる為にもアイスを選んで残りは冷凍庫にしまう。
今度、出来れば何かもう少し扱いやすそうな小さいスプーンも探してやりたいな。
人間のサイズのスプーンを振るってアイスに挑む姿は、確かに見ていて癒されはするが、やはり重そうだし汚しそうだ。

だが、それよりも先にまずは……。

名前を、考えてやらねばならないだろうな。
呼ぶべき名があるというのは、その対象たる相手を他者と区別して唯一無二の存在として定義付けることだと、誰かが言っていた。
ならばこの子も、外ならぬ我が家の子として呼び名があって然るべきだ。
……というか、名前がないと不便だと思う。

問題は、どんな名を与えるか…だな……。

『…なぁ、どんな名前が良い?』

思ったよりも行儀良く、正座をしてダッツを掘り返している目の前の子に訊いてみても、ただ首を傾げられるだけだ。
むしろ本人に訊ねるような質問でもないが。

『……どうするかなぁ…』

そのまま霙酒から取って、ミゾレ?
あるいは、酒から生まれたKAITOなのだから酒イト(サカイト)だろうか?
酔イト(ヨイト)?

まぁ、ゆっくり考えるか。





†††

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAITOの種を蒔いてみた

発芽いたしました。

もう少しコンパクトに文章をまとめられる能力が欲しいです。
精進あるのみ、ですね。


種の配布所こと本家様はこちらから↓

http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2





次回↓
http://piapro.jp/content/qeu6vaes5kqn23lv

前回↓
http://piapro.jp/content/41o8nv75pugipyug

閲覧数:265

投稿日:2010/02/01 23:53:42

文字数:2,610文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました