自室の扉を閉ざすなり、彼はその場にしゃがみ込んだ。
「やられたよ。まったく役者だな、君は!」
視線を上げ、傍らで笑う少女を恨めしげに睨みつける。
「どうやって、ここに?ボカリアからは何の連絡も届いていない」
「私、ひとりでも馬にくらい乗れますわ」
「・・・王妃殿は病弱で、慣れない土地に体が合わずに臥せっているのではなかったかい」
「ですから、里帰りさせていただいて、すっかり元気になりました」
すました顔で言う王妃殿に、彼は感嘆とも呆れともつかない、深い溜息をついた。
まったく、結婚式での慎ましくも儚げな花嫁はどこにいったというのだろう。
「どうして、そんな無茶を?間違っても、あの兄君の指示ではあるまい」
問いかけに、少女は笑みを引き、真顔になった。
「私がボカリアへ帰れば、あなたは死ぬわ」
「穏やかでないな」
「私が戻れば、間違いなく父は私達を離縁させる」
「・・・それは可能だろうな。何しろ、式は挙げても、未だに夫婦の寝室が別だとあっては、離縁の理由も簡単だ。この場合、不名誉を被るのは私のほうだろうな。そこへきて今回の事件は決定打になる」
レオンは自嘲した。
「離縁はお互いの不名誉よ。でも名誉の問題だけなら大したことじゃないわ。生きているもの」
すっぱりと切り捨てる口調がいっそ小気味良い。
感心したように、彼は己の妻を見つめた。
「そうだな。・・・本当は何があったんだ?市民からの知らせを受けた衛兵は、あそこで君が死んでいると言った。君を見つけた少女から呼吸も脈もないのを確かめたと聞いた。だが、君の兄君は君が気を失っているだけだと言い、実際に君は生きている。どんな魔法を使ったんだ」
雄弁な沈黙がそれに答えた。話す必要はない、ということだろう。
彼もこの反応は予想していたので、それ以上拘るつもりはなかった。
「まあ、何にしろ君が無事で良かった」
「形ばかりの妻にも、そう言うの?」
「誰であれ、私の国のものが死ぬのは見たくない」
「あなたの?」
少女が不思議そうに瞬いた。
「私と結婚した以上、君も私の国の民だ」
自明のことと、レオンは微笑んだ。
「とはいえ、さっさと離縁してしまったほうが君のためだろうな。まだ君を襲った賊も捕らえられていない。君の兄上の言うとおりだ、君は君の故郷にいたほうが安全だろう」
「駄目よ。あなたが死ぬといってるでしょう」
頑固に少女が繰り返した。
「離縁がどう私の生死に関わるのかな」
「今、両国が割れれば、戦争が起こるわ。あなたには勝ち目のない戦争よ」
彼は苦笑し、首を振った。
「ボカリアとシンセシスの間で?多少、気まずい関係にはなるだろうが、幾ら何でも戦の原因にはならない」
「ボカリアとではないわ。この国とクリピア王国の間でよ」
鋭く切り込むような言葉に、レオンは思わず少女を見つめた。
「・・・何」
「もともと、この結婚はクリピアを牽制するためのものだわ」
理知の宿る瞳が、真っ向から挑むように彼を見つめ返した。
「今までこの国は、クリピアとの間には内海を挟んでいたし、陸続きの境には小国をいくつか挟んでいたから、それほどの脅威にはならなかった。でも境にあった国が全てクリピアに落とされて、ついに国境を接する形にまでなってしまった。危険は一気に高まったわ。だからあなたは私に結婚を申し込んだ。この辺りでクリピアに次ぐ勢力を誇る我がボカリアに」
淀みのない言葉に、真綿にくるまれた深窓の姫君と、知らずのうちに相手を侮っていた己の甘さを、彼は初めて自覚した。
彼女は己の結婚を巡る政治の駆け引きなど、初めから全て承知していたのだ。
「あの国の財政はもう破綻しているわ。どんなに重い税を課しても、もう限界。そうなれば他から取るしかない。だから周り中の小国を次々に落としているんだもの。次はこの国。今、私とあなたが離縁すれば、クリピアは間違いなくこの国を攻めるわ。手っ取り早く分かりやすい利益を求めて」
半ば呆然としながら、彼は少女の言葉の後を続けた。
「そしてわが国に勝っても、その頃には疲弊しているクリピアの兵力では、ボカリアを相手には勝ち目がない」
「ええ」
「君が病弱なのは、いつでもわが国とボカリアの関係を切り離せるように、簡単に離縁できる理由を作っておくためだったわけだ」
「そのとおりよ」
素っ気ないほど端的で明快な答えは、あまりにも重要な意味を含んだ会話だとは思えないほどだ。
あっさりと手の内を晒す少女に、彼は真剣な顔で問いかけた。
「ひとつ訊きたい。一国の公女に結婚までさせておいて、これほどすぐに離縁へ思い切る理由は?いったい何が、いつ判断の決め手になった」
「兄が、クリピアの王女には政治的な才覚がないと踏んだからよ」
躊躇いなく、彼女はそう告げた。
「彼女の為政者としての力量を計るために、父と兄が彼女を結婚式に招待するよう私に求めたの。この結婚はいわば、クリピアの王女を王宮の奥深くから引っ張り出すためのお膳立てよ」
あまりのことに、レオンは絶句した。
それでは自分も、かの王女も、何も知らずに彼らの思惑通りに踊らされたのだ。見事なまでに。
「・・・恐ろしいな、君の家族は」
やっとのことでそう言うと、少女は微笑みを浮かべた。
それは毒を含んだように妖しく、美しい笑みだった。
「そうよ、ボカロジアの人間ですもの。私も含めてね」
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第7話】中編
後編へ続きます。
といっても、ほんのおまけ程度ですが。
http://piapro.jp/content/sc6fl8ga08u9p0in
ダンスシーンに続いて、やっと書きたいところが書けました。
こんな感じが、私的ボカロジア家イメージです。
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ご意見・ご感想
azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
>ミャー様
こちらにもご感想ありがとうございますv
おそろしいと言って頂けて嬉しいです。腹に一物も二物もある、おそろしいボカロジア家推奨です(笑)
某王女様のように高笑いはしないけど、裏でニヤリとほくそ笑んでそうな(笑)
レオンとミクのやりとりは、ちゃんとミクが上手に見えてましたでしょうか。
どうしてもボカロジア家に負けてもらわないといけないので、レオンさん、ちょっと損な役回りです(笑)。
続きもまた目を通していただけたら嬉しいです。ありがとうございました。
2008/08/15 21:41:08