夜が終わらなければ、朝が来なければ――
 生が終われば、死が訪れれば――

 錆びついた蝶番が軋み、固く鈍い音が響き、幽かだが、朝日が部屋に射し込む。。
 その部屋にいた全員――まだ幼く見える少年少女たち――が身を竦ませた。
「おはようございます、皆さん」 
 修道服に身を包んだ初老の男性が、にこりと微笑みを浮かべながら、その部屋を覗き見た。
 男性はその部屋の惨状を見ても何も感じない。
 固く閉ざされ、暗闇に包まれた石室。教会の地下に造られた墓地の如き――否、それは確かに墓地だった――ドロリとした陰湿な空気が充満し、異臭と異様な光景の広がる部屋だった。
「さて、皆さん起きていますか?」
 男性の一声一声に全員が怯える。
 その眼に宿る恐怖と諦観、それを満足気にひとしきり眺めて、男性の顔に愉悦の笑みが浮かぶ。
 と、男性の顔が途端に険しくなった。
「おや、健太君はまだ起きてないのですか……?」
 皆が起きている中、一人うつ伏せに伏している少年がいた。かつかつ、と靴音を響かせて一人の少年の元へ男性が歩み寄る。
「いけませんね……」
 少年の髪を男性が乱暴に掴む。全員が息を飲む気配がした。
 ゴッ。
 固い物と硬いモノがぶつかったような音。
「私の言うことを聞かないなんて……いけませんね」
 ゴッ、ゴッ、と断続的に音が響く。
 その光景を見て、いや見ようともせずとも誰もが何が行われているのか理解して、竦む。自身の体を抱きしめ、体を震わせていた。
「そんないけない子はここにはいらない、いらないんだ、いらない、いらないいらいないいらないイラナイイラなイ、いらないんだよ!」
 ぐちゃり、と一際鈍い音と共に、鉄臭さが部屋に充満した。
「ふぅ……皆さんはこうならないように気をつけて下さいね。私の言葉は神の言葉です。信じる者には救いが待っていますよ。……では祈りましょう、アーメン」


 じゃらり。誰かが少し動こうとする度に鎖の音が響く。
 子供たちの両足には鎖が繋がっている。その鎖は隣接する子供同士を繋いでいて、逃げられないよう、更に一際太い鎖が壁に繋がっていた。
 酷い、本当に酷い惨状だった。
 ある子供は殴られたのか顔が歪み、ある子供は腕が変な方向に曲がっていたり、ある子供は既に視力を失っていたり、誰もがどこかしらを損傷していた。また、傷が癒えていたとしても、恐怖からその痛みを体が覚えており、満足に動ける者は誰もいなかった。
 子供たちは助けを呼ぼうにも、塵と埃まみれのこの部屋で喉を侵され、声を出そうにも嗄れたような空気の漏れる、声とは言い難い音が出るだけで、ましてやここは地下の石室。幾ら叫ぼうが外に声が漏れることはなかった。
 始めは躍起になって助けを呼んでいた子供も、次第に諦めと、男性の暴力に恐怖し誰もが逃げようなどとは考えなくなった。
 諦めと絶望がその部屋を支配していた。


 夜が訪れた。
 僕にとって一番落ちつける時間だった。夜であればあの人は来ないから、何もされなくて済む。
「もう、寝た?」
 嗄れかけた喉を必死に震わせて、隣の女の子に僕は話しかけた。
 隣の子は首をふるふると左右に振った。その仕草が可愛らしくて、でも彼女の喉がもう駄目になっていて声を出せないことがわかっていて、僕は少し悲しくなった。
 彼女は喉だけじゃなくて、鼓膜という音を聞くところも壊れてしまっていて、満足に音を聞くことも出来なかった。
 だから僕は話しかけるのを止めて、彼女の手を握った。
 ひと時の安らぎ。仮初の安寧。
 それでも僕と彼女だけの、秘密の安らぎの時間。
 あれだけ怖かった夜も今では彼女と一緒なら優しいと感じるようになった。
 ああ、僕はきっと彼女に恋をしている。
 ――こんな絶望的な状況で。
 きつく、彼女が僕の手を握る。
 彼女が僕を見つめているのがわかった。それだけで僕は、今日がその日なのだな、と確信した。
 彼女と僕の距離が近くなる。
 彼女の手が僕の首にかかる。
 僕も同時に彼女の首に手をかける。
 この優しい夜に包まれて、僕たちはこの生を止める。
 朝が訪れると嬉しい。まだ生きているという感動。だけど朝が訪れることが怖くて、ずっと夜が続けばと願った。
 ならずっと暗闇の中にいれれば、そう思った。
 彼女が手に力を込める。
 僕も力を込める。
 掠れたような音が喉を鳴らす。
 頭がふわりと浮き上がるような感覚。
 手先が痺れ、冷えて、世界が曖昧になる。
 痛くて、苦しくて、悲しくて、怖くて――
 僕は彼女の手を振りほどいた。
 僕と彼女は咳き込む。
 何故と彼女の眼差しが告げていた。
 怖くて、怖くて仕方がなくて、死は夜とは違って優しくないって感じたから。
 僕はそう答えた。
 僕らは互いの体を抱きしめあった。
 泣きながら、それでもまだ生きている喜びを浮かべながら。

「さて、今日はどうしましょうか?」
 神父様が悩んでいた。今日の遊びが思いつかなかったようだ。
「おお、そうだ」
 思いついたように神父様が手を叩く。
「今から」彼女を指差す。僕は何か凄く良くないことが起こる予感がした。
「この子を犯しなさい。そうすれば助けてあげましょう」
 にこり、と本当に嬉しそうな笑顔を神父様が浮かべた。
 しかし、神父様の言うことを理解出来た子は少なかった。僕にも意味がわからなかった。意味はわからなかったが体がガタガタと震えて仕方がなかった。
「ふむ……わかりませんか。君、こっちに来なさい」
 僕と反対側の子を神父様が呼ぶ。
 と、神父様は彼女の服を強引に破き、無理矢理足を広げさせた。
「君も下を脱ぎなさい」
 言われたようにその子がズボンと下着を脱ぐ。
 その子の股間には見たこともないようなおぞましいモノがあった。
「君なら意味はわかりますね? さあ、犯せば君は外に出て暖かい食事やふかふかのベッド、ここでは考えられないような暮らしが待っていますよ?」
 始めこそ恐怖していたその子も、言葉の意味を理解して――
「あ、ぎぃ……い……やぁぁああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 彼女の絶叫が響いた。
 僕には何が行われているのかわからなかった。ただ数人の僕より年上の人たちが群がって、彼女の上に跨り、何かを打ちつけ、異臭を放つものを浴びせていることだけがわかった。
 僕は彼女の手を握った。
 彼女の手は冷たく、力なく僕の手にのっているだけだった。
 どのくらい時間が経っただろう、神父様がパンパンと、手を叩いた。
「お疲れ様です。では皆さん約束通り……」
 彼女にナニカをした子たちは、皆一様に期待をその眼に浮かべていた。
「なーんていきませんよー?」
 神父様はこれまでとは一際違う極上ともとれる笑みを浮かべた。
「あひゃ……あひゃひゃひゃひゃ。ああ、素晴らしい……素晴らしい玩具たちですよ君たちは。恐怖にも鮮度が大事ですね。心が壊れかけた君たちが希望を胸に抱き、彼女を犯し、舐り、汚し、弄ぶ様はこれまでにないくらい極上の愉悦をもたらしてくれましたよ!」
 誰かが泣き叫んだ、誰かは狂ったように笑った、誰かはひたすら謝った。
 僕は、彼女を見た。
 そこには変わり果てた彼女がいた。
 希望がまだ見えた目には絶望が宿りその色を亡くし、声をあげることも、何かを捉えることもなく虚空を見ていた。
 僕は彼女の手を握った。
 彼女がぎょりと、僕を見る。
 何も言わない彼女。
 でもその目が訴えている、
 ――あの時、死んでいればこうはならなかったのに
 と。

 あれからいくつかの年月が過ぎた。
 僕はずっと彼女の手を握り続けた。
 虚ろだった彼女も次第に以前のように微笑んでくれるようになった。
 僕は細くて冷たくてざらざらとした彼女の手を握り続けた。
 彼女が微笑んでくれるから、僕はそれだけでシアワセだった。
 シアワセでコウフクでタイセツでヤサシイ彼女と僕のフタリだけの夜。
 あれ、僕も眠くなってきたよ。
 ……おかしいな。
 何も見えないよ。
 真っ暗だ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ツナイデ

雛月しおん氏の「ツナイデ」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm10175368)をイメージして書いてみました。
微エログロなので注意。

閲覧数:160

投稿日:2011/01/07 11:56:32

文字数:3,366文字

カテゴリ:小説

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