雪が降る。しんしんと全てを覆い隠す。
「………」
とある小さな村。
その外れにある、小さな小屋。
住んでいたはずの夫婦はいない。
「…逃げたか」
一応部屋を物色する。様々な設計図や魔術の書かれた紙が散乱していた。火が消えた暖炉の中には、燃やしたらしい書類の破片。その中にあった、燃え残った一枚の紙に目が留まる。
「………」
それを服に仕舞い込んで、私は家を出た。
深い森。闇色に染まる木々。降り続ける雪は足音さえ消していく。
草を掻き分け、私は進んだ。この程度の暗さなら特に支障はないし、寒さにはもとより慣れている。
「…………」
哀れだと、不意に思った。まだ若い夫婦だったはず。科学者の男と、魔術師の女。
才能があることと幸福になることは無関係だ。
才能があるからこそ、不幸になることもある。
「あなた達のように」
開けた視界の先に目標を見つけ、私は言った。目標がこちらを向く。白い髪を持つ男と、紅い瞳を持つ女。女は手に何かを抱えていた。
「王の追っ手か…!」
「理解なさっているのならば話は早い」
彼らと一定の距離を保ったまま、私は言った。
「王の命令に従いなさい。そうすれば引き下がりましょう」
「君はあの王が何を命令したのか知っているのか?」
私の言葉を無視し、男が言った。仕方なく私は合わせる。
「知っています」
「何故止めない!知っていながら、何故王の凶行をやめさせようとしない!」
「我ら騎士にとって王の命令は絶対。それがどんな凶行であれ愚行であれ、命令あれば従うのみ」
なるべく冷たく言い放った。自分に言い聞かせるように。
そう。私はあの人に従うだけ。
そうすれば、あの人の傍にいることが出来る。
「…盲信者め……!」
「如何様にも仰ってください」
あの人がそれで満足するなら。
この手をどれだけ汚しても構わない。
「覚悟はよろしいですね」
剣を抜く。
「走れ!」
男が叫んだ。同時に地を蹴る。
「遅い」
「…っ?!」
一閃、横に薙ぎ払った。どさりという音。一拍遅れて紅い液体が噴き出した。
「…うあぁぁぁあ!!」
傷口を押さえ、彼が叫ぶ。地面に斬り落とした左腕の傍に倒れこんだ。
「あなた!」
女が叫ぶ。
「…っ、馬鹿!逃げ――!」
男の言葉が終わる前に、私は行動していた。一瞬で女の懐に飛び込む。
「魔力がもっとも集まるのは、眼でしたね」
「え――」
紅い瞳。綺麗なのに、もったいない。
「……ぁああああああっ!!」
悲鳴を上げて彼女は自分の顔を押さえた。どさりとその腕に抱えていたものが雪の上に落ちる。
「…オギャア、オギャア……ッ」
泣き声に、私はそれを見た。どうやら双子の赤子だったようだ。落とされた衝撃で起きたらしい。雪が緩衝材になったか、怪我はしていない。
「………」
剣を振り上げる。「ま、待て!」と男が叫んだ。
「頼む!子どもだけは…っ、その子達だけは助けてくれ!」
「………」
赤子は泣き続ける。溜息をついて私は剣を下げた。血を払い、鞘に収める。
「…いい子ね。泣き止みなさい」
慎重に2人を抱き上げた。赤子はしばらく泣き続けていたが、やがてまた小さな寝息をたて始める。
「………」
赤子が泣き止んだのを見届け、私は歩き出した。が、数歩もいかないうちに足を掴まれる。
「…まだ何か」
「…何処へ連れて行く気だ」
見下ろすと、男の瞳がこちらを見つめていた。
「…それは私達の子だ。返してくれ…」
「…王は私に命令を下しました。『奪え』と」
手を振り解く。男の顔が絶望に染まった。
「言いましたよね?命令は絶対だと。私は従うのみです」
再び歩き出す。遠ざかる背後で、男の叫び声が聞こえた。
とある森の奥深く。
「……“雪菫の少女”が何の用だい」
「……」
訪れた客人に、女は冷たい言葉を投げ掛けた。少女は気にした様子もなく女を見つめ返す。その腕には何かを抱えていた。ふ、女の持っていた煙管から煙が漂う。
「王の力になれと言うのならばごめんだよ」
「違います」
言って、少女はその腕に抱えていたものを差し出した。ん、と女の眉が寄る。
「……赤子か?魔力を持っているな」
「…世話を任せたいのですが」
少女の言葉に「はぁ?」と女は声を上げた。
「やめてくれ。ここは孤児院じゃないんだよ」
「お願いします」
少女は頭を下げる。渋い表情で、女は煙管を咥えた。大きな溜息と共に煙を吐き出す。
「……訳ありかい」
「…ええ」
沈黙。先に折れたのは女の方だった。
「……わかった。その子ども達は私が責任をもって預かろう」
「ありがとうございます」
深く少女は頭を下げた。
本当は生かすべきではなかったのだろう。
私のようにならないとは限らない。
もしかしたら、私は期待したのかもしれない。
いつかこの子達が真実を知って、私を殺しに来てくれるのを。
或る詩謡い人形の記録『雪菫の少女』第三章
魔力が目に集まる~っていうのは動画の方でそういうコメントを見かけたからです。
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