あなたはもう、忘れてしまったでしょうか。二人でなら、何もこわくなかった頃のことを――。

-----

「ルカ姉! メイコ姉!」

 あたしは、白い衣のすそが翻えるのも気にせずに走り、部屋に飛び込んだ。あまり品はないけれど、これでもこの王国の第三王女だ。

「ねぇ、レン見てない?」

 部屋の中にいた姉二人は、顔を見合わせて首を傾げる。

「さぁ……。見たかルカ?」

「今日は見てないわね。カイトのところじゃないの?」

 第一王女のルカ姉と、第二王女のメイコ姉。数日差で他の母親から生まれた、同い年の姉妹だ。気が合うらしくて、よく一緒にいる。

「えー、またぁー?」

 あたしは、がっくりとその場に座り込んだ。

「最近一緒に遊んでくれないの」

「仕方ないでしょう、レンももう十三歳だし、もう一応は従騎士だからね」

 メイコ姉が、ぽんぽんとあたしの肩を叩いた。

「一緒に食べる?」

 お菓子を見せられて、あたしは飛びついた。

「食べる!」

 大陸の西にあるこの王国には、代々男系の王が君臨してきた。でも、今の王位継承順の第一位は、第一王女であるルカ姉だ。
 理由の一つ目は、彼女だけが正室の子であること。二つ目は、唯一の男子である末っ子がまだ幼いこと。
 でも、その程度は、常識を覆す女王の誕生に直結はしていない。最大の理由は、現在の国王が、周りの反対を押し切って彼女を後継者として発表したこと。

 それが、確か三年前のことだったと思う。
 それからずっと、仲のいいあたしたち四姉弟の周りでは、権力争いが続いている。ルカ姉が継げば都合のいい者と、レンに継がせたい者。本人たちが継ぎたいかどうかなんて問題ではないらしい。
 大事な姉と弟が争いに巻き込まれているのは、あたしにとってもつらいこと。でも、一番つらいのは争い自体ではなくて、彼と同じ世界を見れなくなってしまったこと。それまでずっと一緒にいた弟と、この先もずっと一緒に生きていくのだと思っていた片割れと。あたしには利用価値すらないから、レンの苦しみを共有することも出来ない。

「へぇー」

 二人の姉といっしょに部屋の中にいた女の子が、あたしを覗き込んで微笑む。あたしも可愛い方だと自負しているのだけれど、それでもこの子は、認めたくもないほどの美少女だ。

「リン、暇なの?」

 物は言いよう。あたしは、お菓子を口に運ぶ手は止めずに、反論する。

「違うもん! ミク姉だって、別にすることないくせに!」

 この女の子は、あたしの姉ではない。お父様の、つまりは国王の、内縁の妻だ。二歳しか違わないけれど、義理の母親といえなくもない。あたしたち双子のお母様も、メイコ姉のお母様も死んだ今、ミク姉が唯一の側室だ。

「まぁね、することはないけどね」

 あっさり認めて、明るく笑う。こういう笑顔を見ると、この人には敵わないな、と思ってしまう。

「あー、レンがいないとつまらないなー」

 あたしは、左の手首にはめられた、金の腕輪を見た。第一王子が生まれたときに、誰だかから送られたもの。
 レンは、自分が玉座につけないと知った時に、それをあたしに渡してしまった。もう必要のないものなのだ、と。
 別に最初から、それは王冠でもなんでもなかったから、それを手放すことに意味はない。でも、レンにとっては、何かのけじめだったのだと思う。
 あたしにとっては、この腕輪は何なのだろう。レンとのつながりが薄くなり始めた今、あたしはこの腕輪に何を望んでいるんだろう。

-----

 俺ももう十三歳だ。従騎士になるのに、早すぎるということはない。
 師匠となった騎士から、剣の稽古を許されて、数週間。
 鎧を着て動くには小柄で非力だけど、それはそのうち何とかなると思う。ならなきゃ困る。

 念願の従騎士になった俺だけれど、唯一の不満は、師匠がカイトだったということ。なんか、これまでの日常と変わり映えがない。

 確かに、権力争いのことを考えれば、カイトは適当な人材だ。
 幼いころからずっと俺のそばにいたし、見た目は頼りないけど腕はたつ。
 何より、「第一王子側」の人間だ。つまり第一王子である俺が王になった方が、都合がいい人。俺のお母様の――もうよく覚えていないけれど――関係者らしい。
 そういうことを抜きにカイトのことは信用できると思うのだが、なかなかそうも言っていられない現状。神経をすり減らす日々には、もううんざりしている。

「どんなに急いだって、どうせ騎士になれるのは二十歳前後なんだし、ゆっくりでいいんじゃない?」

 王子相手にタメ口。カイトのすごいところの一つだと思う。褒めてないけど。

「騎士になれるかどうかが問題じゃないから」

 汗で張りついた髪をかきあげて、剣を鞘にしまった。門前の小僧ではあったけれど、いきなり武器を持たされて同年代の子ども――といっても体格は俺よりずっといい――と戦うというのはなかなかハードだった。荒療治にもほどがある。これが従騎士の特訓の標準なのだろうか。

「早く強くなりたい。リンに、これ以上心配かけたくない」

 数日前にも寝込んだばかりで、起きていきなり動いたからまた足元がふらふらしてきた。頭痛にこめかみを押さえる。
 きっと、カイトには気付かれていた。でなければ、こんなに短時間で切りあげたりはしない。

「リン、ああ見えて鋭いから」

 俺が嘘をつくたびに、泣きそうな目をする姉。俺もきっと、下手な笑顔を浮かべていたと思う。
 いつまでも、同じ世界を見ていたかった。だけど、もうそれは出来ない。

 三年前から、何度も倒れた。何度も盛られた毒と、極限まで張り詰めた神経。もう限界だった。それでも、姉が泣くのは見たくなかった。
 毒じゃないから、なんて、毒だって言ってるのと同じだ。分かってるのに、そんな言い訳しかできない自分が嫌で。強くなりたかった。精神的にも、肉体的にも。せめて、リンが泣かずにすむくらいに。

 ふと顔をあげると、カイトが気持ち悪いくらいの笑みを浮かべていた。

「なんだよ」

「いや、若い頃の俺によく似てるなー、と思って」

「はぁ?」

 若い時、も何も、カイトはまだ二十歳そこそこだったと思うのだが。似てたくないし。

「まぁ、分かりますよ。リンは可愛い、うん」

「気色悪いこと言うな」

 カイトは、ふざけたことを言いながら、でも優しく俺の背中を押してくれた。早く帰って休め、と。
 分かっている。今日は無理だって、分かってたけれど。自分が馬鹿なことをしていると分かっていても、とまらなかった。

 王宮の長い廊下を歩き出す。意識が朦朧として、壁によりかかって座り込んだ。
 ――こんなだから、リンが泣くんだよな……。
 泣き顔なんて見たくなかった。でも、一人で泣いているところを想像して、それはもっと嫌だと思った。他の誰かの膝で泣いているところを想像して、もっともっと嫌だと思った。
 俺だけを頼ってほしい。
 泣き顔も笑顔も、ずっと二人だけで共有できると思っていた。でも、今はもう、自信がない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【中世風小説】Papillon 1

今回は展開が決まってるので、前作ほどぐだぐだにはならないかと。
結構シリアスな展開になります。この先流血もあり得ます。

主人公はレンです。といいつつ、どうしてもリンの視点になっちゃいそう。
ルカよりメイコの方が年上だと思うのだけれど、話の展開上どうしてもルカが上じゃないと困るのです。

なお、楽曲「PAPILLON」の原作小説ではあるのですが、この小説が唯一の解釈というわけではないので、楽曲は楽曲としてそれぞれお好きな解釈でお楽しみください。

閲覧数:978

投稿日:2010/01/21 13:02:29

文字数:2,936文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました