慣れない異国の道を辿りながら、レンは満足げな面持ちだった。

活気のある市場に並べられた食べ物はどれも新鮮で質も良い。
いくつかの露天を回った結果、綺麗な林檎が手に入った。リンのための、今日のおやつになるだろう。
仮宿ではあまり凝ったものは作れないが、これなら手を掛けなくても十分に美味しい。
何を作ろう。定番ならアップルパイにアップルティー。さっぱりとしたものが良いなら、ジュレにしようか。

紙袋を抱え、あれこれと考えをめぐらせていると、向かいから来た男が勢いよくぶつかった。

「うわっ!」
「邪魔だよ、坊主!ちんたら歩くんじゃない!」
「な・・・そっちがぶつかっておいて――!」

頭ごなしに怒鳴りつけられて、文句のひとつも言ってやろうと顔を上げたが、既に相手の姿は忙しなく行き交う往来の向こうだ。

「何だよ・・・」

舌打ちをして散らばった荷物に手を伸ばす。

「おい、そんなとこで止まってると通行の邪魔だよ」
「拾うなら拾うでさっさとしとくれ!」

瞬く間に四方から怒鳴り声が降って来て、彼は慌てて荷物を拾い集めて道の脇に駆け込んだ。真っ先に林檎の状態を確かめると、いくつかは既に傷がついていた。
思わずレンは落胆して肩を落とした。

これではどうしようもない。買い直しに行かないと。

「はい」
「え?」

すぐ横から差し出された紙袋に、レンは驚いて隣を振り返った。

「取り替えましょ。それは落っことしたから、すぐに傷んでしまうわ」

袋を差し出していたのは、まだ若い貴婦人だった。
年はレンより2,3歳ほど上だろうか。長い翠の髪が印象的だ。
デザインこそ質素に作っているが仕立ての良いドレス、爪の先まで整った指先、優雅な物腰、どれをひとつ取っても、一目で位の高い貴族とわかる。
レンが答えないでいると彼女は手にした袋の口を開いてみせた。大ぶりの綺麗な林檎がいくつも入っている。
呆けたように彼は少女と差し出された林檎とを見比べた。

「大切な人に食べさせてあげるんでしょう。そんな顔をしてたわ」
「でも、これはあなたの・・・」
「これから会うお友達と食べるつもりだったんだけど、良いのよ。すぐに食べるし、ちょっと落としたくらい、ちゃんと洗えば大丈夫。私のお友達がそう言ってたもの」

とても貴族のものとは思えない言葉に、レンは目を丸くした。

「そんな!新しいものを買い直しますから、大丈夫です!」
「あら、そうしたら、それはどうするの?捨てるなんて駄目よ、食べ物を捨てるなんてとんでもないのですって」

少女が首をかしげた。たしなめる様な言葉だが、どこかこのやり取りを面白がっている様子が伺えた。

「・・・それも、お友達が?」
「ええ、そう。彼女がそう言うんだから間違いないわ」

よほど仲の良い相手なのだろうか。断言する言葉は誇らしげですらある。

「だから、私はぜんぜん構わないのよ。喜ぶ顔が見たいんでしょう。ね?」

少女がレンの瞳を覗き込んだ。
吸い込まれそうな湖水色の瞳に見つめられて、レンは思わず息を詰めた。

「ミク!」

通りの向こうから、よく通る声が聞こえた。
ぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた少女が、通りを見回した。

「メイコ!今行くわ!」

行き交う人並みの向こうへと声を上げ、少女はレンを振り返った。
固まったままのレンの手から、さっさと紙袋を取り上げ、自分が持っていた袋をその手に押し込む。

「じゃあね。それ、大切な人と一緒に、あなたも食べてね。そのほうがきっと何倍も美味しいわ」

傷んだ林檎の入った袋を大事に抱え上げ、鮮やかな笑顔を残して、彼女は人並みの中へと姿を消した。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります

「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第1話】

第2話に続きます。
http://piapro.jp/a/content/?id=5iicj2hkf993af22


まずはレン君とミク嬢のボーイ・ミーツ・ガール。
やっぱり落し物は定番ですよね。拾ってあげてるわけではないですがw

閲覧数:2,340

投稿日:2008/06/15 04:19:28

文字数:1,520文字

カテゴリ:小説

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