「ずいぶん遠くまで見回りをしたようですね」
きちんとした服装にマントを羽織り、眼鏡をかけた青年が外から『塔』へ帰ってきたルカたちにそう声をかけてきた。眼鏡の奥、読み取ることのできない冷静なその表情に、ルカは思わずがくぽの背中に隠れてしまった。

 4人で数日、森付近に点在する町や村の見回りをして。ルカたちが『塔』に帰って来た時。丁度『庭』から戻ってきたのだろう、玄関のところでキヨテルに出くわしたのだ。
 有する魔力も魔術的技能もトップクラス。更に頭脳も優秀で身体能力も優れていると聞く。容姿も華やかさは無いけれどすっきりと整った顔立ちをしていて、女子術者の間でこっそり人気があるとか無いとか。
 自分たちよりも数年先輩であり、その優秀さから『塔』の術者として活動しつつ、『庭の』教師もしているこのキヨテルの事がルカは苦手だった。

 否、彼を得意としている人はあまりいないだろう。なぜならば。
「カイトとがくぽ。貴方二人が組まなくてはいけない程、凶暴な魔物が現われたのですか?」
必ずいつも、容赦ない厳しい言葉や皮肉を吐くからだ。

「『庭』の首席だった者でも、やはり凶暴化した魔物に一人で立ち向かうのは怖いみたいですね」
そう言ってキヨテルは嫌味のこもった視線をカイトに向けた。まるで小さな子供のように首をすくめているカイトにキヨテルは隠す事なくため息をついて、その細い指先で眼鏡を押し上げた。
「卒業したばかりの君らが、『塔』の中ですぐに役立つとは到底思えませんが。少なくとも君は首席で卒業した身なのだから。少しは自覚を持っていただきたい」
その厳しい言葉に、すみません。とカイトは小さくなりながら返事をした。長身のその背中が頼りなく見える。小さいころに戻ったかのような、そんなカイトをかばうようにメイコが前へ出た。
「確かに二人がそろってでなければならない程、凶悪な魔物が居たわけではありません。でも、二人が揃っているからこそ新たな術式を試せたりするんです。」
キヨテルの厳しい態度に臆することなく真正面からぶつかるような強い眼差しのメイコに、しかしキヨテルは、ふんと鼻で笑った。
「彼らはあなたのおもちゃではありませんよ、メイコさん。異端の研究は自分一人でやってくださいね」
その言葉にメイコの頬が怒りでさっと朱く染まった。
「先代から継いだ研究だから、と捨て置けない気持ちも分かりますが。異端は異端。他者を巻き込まないでもらいたい。少なくとも、君の気まぐれな思いつきに有能なものを駆り出すのは、どうかと思いますが」
更に言葉を重ねるキヨテルに、ふるふると、ルカの横でメイコが握りこぶしを震わせた。
 気まぐれで、姉さまは何かを言ったりしない。ただ可能性があるものを検証したいだけだ。
 新しい術式の構成の他に、メイコの進もうとしている研究の方向には確かに異端とも言われるような内容も含まれている。けれど。メイコは世界の崩壊を止める可能性の一つとして捨てずに検証しているのだ。既成観念に囚われていないだけなのに。そんな言い方は酷い。とルカは聞いていて泣きそうになった。
「たしかに常識外れかもしれないけど。私は自分のやっている事を異端だと思っていません」
ぐっと自身の内に膨れ上がる怒りを抑えるためか、メイコは平坦な口調でそう言った。それでもその朱茶の瞳が怒りで燃えている事はありありとわかる。
 そんなメイコの怒りの視線すらするりとかわし、キヨテルは口を開いた。
「あなたがそう思っていなくとも、周囲はどう思っているか。それすら分からないような人と話したくありませんよ」
冷たく言い捨て。キヨテルは、がくぽ。と今度は鋭い声でルカを守るように立つ長い髪の男の名を呼んだ。
「君は未だに巡音のお嬢様のお守をしているのですか?そこまでして巡音に取り入りたいのですか」
キヨテルの問いかけに、がくぽは返事をする気がはなから無いのだろう。口を閉ざしたまま、ふい、とそっぽを向いている。
 そんながくぽの反抗的な態度に眉をひそめ、飼い犬のしつけくらいはきちんとしていただきたい。とキヨテルは今度はルカに言ってきた。
「あなたの狗なんですから。きちんと教育をしてくださいね、巡音のお嬢様」
「がくぽは、犬なんかじゃありません」
キヨテルの言葉にルカがそう言い返すと、それではなんですか?と皮肉な笑みを浮かべて問い掛けてきた。
「ルカ様。貴方自身も術者のはしくれなのだから、護衛がなくとも自分の身くらいは守れるでしょう。少なくとも私にはルカ様の傍にはがくぽは必要ないとそう思うのですが」
「それは、がくぽが傍に居るのは、小さいころからの約束で、」
そんなおままごとみたいな理由ではだれも納得できませんよ?と、ルカの言葉を遮るようにキヨテルが冷静に言ってきた。
「つまり結局、がくぽを傍に置いているのは、世間知らずなお嬢様のわがままなのですね」
馬鹿にするように、嘲笑を浮かべてキヨテルはそう言った。
 そんなキヨテルに噛みついたのは、言われた当人のルカではなくがくぽだった。端正な顔を怒りで歪ませて、がくぽはまるで鬼のような形相でキヨテルに詰め寄った。がつ、と力任せにその胸ぐらをつかむ。カシャン、と音を立ててキヨテルの眼鏡が床に落ちた。
「ルカ様を愚弄するな」
「気に入らない事は力でねじ伏せるとは、幼稚な行動以外の何物でもないな。巡音のお嬢様は自分の飼い狗の教育すらできない、暗愚だという事か」
胸ぐらをつかまれたまま、更にルカを嘲るようにせせら笑いながらキヨテルはそう言った。
 瞬時にして、がくぽの魔力が沸騰した。
 ざわりとその長い髪が波立つ。暗紫の気配ががくぽを中心に縦横無尽に奔った。瞬時にして沸点に達した怒りが形にならないまま力となって暴走する。
 ばちりと飛んできた魔力があちこちの壁や床にぶつかり、弾けて火花を散らした。がくぽとキヨテルを中心に空間が軋みをあげているようだった。
揺れる空間の中、怒気を含んだ声が響いた。低く低く、轟く様な怒声。感情で揺れきった抑揚で、がくぽが爆発的に膨れ上がった魔力を術に変換しようとしているのだ。とルカは気が付いた。
 がくぽが向ける術の先には、こんな渦中にあっても冷たい表情を崩さないキヨテルの顔。
 駄目よ、とがくぽの紡ぐ音を断つように、薄紅の素直な声が響いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

物語の始まる前の日  【シェアワールド】響奏曲【異世界側】

魔力暴走。というのと、イヤミ先生。というのに滾った結果です。
あと、小さい頃のエピソードに対する滾りもちらほらと。
…滾ってばかりですね。

少し前の話。の続き的な、まだ少し若い4人の話です。

前のバージョンで続きます

閲覧数:311

投稿日:2011/06/05 14:35:09

文字数:2,611文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • 藍流

    藍流

    その他

    イヤミ眼鏡なテル先生に吃驚した!
    なんだこの完璧なイヤミっぷり。殴り飛ばしたいw
    しかし裏には色々と思うところがあったりすると一転して萌えになる予感☆←
    空気を読む気配も見せずに溌溂としているミキさんも可愛くて、ふたりセットだとほのぼのしそうだな、とか。
    っていうかミキさんには何言っても受け流されて懐かれて、ペース崩されるといいよ!(とても個人的な萌え)

    がくぽは頑張ってますね!w
    相変わらずとばっちり体質というか、「頑張れ☆(笑)」な感じですけどww
    「ちゃんと側に」とか言って、「おぉ、兄さん公認?」と思ったら全力で釘刺してたりとか……鬼だ。鬼がいる。と爆笑しました☆
    ルカさんは天然ぽややんな感じですね~。がくぽ、密かに周辺男性陣の嫉妬を浴びてそうだなw

    プロローグの更に手前、的な、まさしく「始まりの前日」と感じさせる終わりでしたね。
    彼らのこの先がとても楽しみです!

    2011/06/05 20:53:28

    • sunny_m

      sunny_m

      >藍流さん
      びっくりされたか!!w
      イヤミ先生はなんだかストレートに物を言わない所があったので、書いていてだんだん良く分からなくなっていました。
      そして「先生は何が言いたいの?」と首を傾げた私の脳内で、先生が「君は馬鹿ですか」と言っていたような言っていないような…wくっそうww
      萌えに発展できるように頑張ります☆←

      がくぽは頑張ってくれていますか!w
      がくぽ、この調子で頑張ってくれ!だけど私はもうそろそろ格好良さがよく分からなくなってきているよ!w
      昔っからがっくんは兄さん姉さんにからかわれてきたんだろうなぁ。というちびっこ時代妄想もそっと頭の片隅に居ますw
      そのうちがくぽとルカさんが出会った時の話とかも書きたい……
      ルカさんは世間知らずなイメージで書いていたら、なんだか天然なお人になってしまいましたw
      「庭」時代、ルカさんに近づこうとした男子はがくぽに裏庭に呼び出されていたんだ、よ…wとやはりここでも妄想してしまいますww

      コメントありがとうございました?!

      2011/06/06 22:08:39

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