マスター視点 

「マスター、確かお茶がもうなかったかと」
「了解」
ついつい買い物メモに夢中で、周りに気を配ってなかったことは認めよう。
「紅茶のあるところ、あちらのようです」
「ああ、はいはい」
慣れてない郊外のショッピングセンターで、物を探すのに手間取っていた、というのも言い訳にしかならないことは存分に承知している。
「じゃあアイス買って帰ろうか」
 ご多聞に漏れることなく、うちのゼロイチ達もアイスが好きだ。ほかに好きなものもあるようだけど、それでもアイスだけは別格らしい。
スーパーのダッツなら、私の薄給でも何とか手が届く。こないだ曲を完成させたご褒美もかねてアイスケースをのぞく。
「イチは何にするの?」
返事がない。周りを見渡しても、見慣れた青い瞳は一対だけ。
「ゼロ、イチは?!」
「え?!」
その時館内放送が、苦笑を含んで流れ出した。
『お客様にお呼び出しを申し上げます。白いコートに茶色のズボン、青のマフラーをお召しになりました、20歳位の男性のお客様が、お連れ様を……』

「この、バカイチっ!」
すぱこん、と屋上テラスに間抜けな音が響いて、私の手がしびれた。ええい、この石頭!
「ごめんなさあい、でも俺、泣かなかったよ」
「あの場で泣いてたら絶対他人のふりしてたわよ。これで何度め?!」
少なくとも片手の指では足りないはずだ。と、ゼロがご丁寧に補足してくれた。
「俺が知っている限りで七回目です」
「あーそう」
あのあと、顔から火が出る思いでインフォメーションカウンターに出向き、衆人環視のもとで抱きつかれた。もうこのショッピングセンターにこいつら連れでしばらく来られない。ただでさえ目立つからって、出かける為の髪隠し用の帽子と私服を買った矢先に……もうもうもうっ!
一つ溜息をついて、どうにか私の中の怒りゲージをリセットしようと努力する。
…………駄目だ。えーと、
「ゼロ、悪いけど自販機で何か買ってきて。私ウーロン茶」
「はい」
「イチは?」
「……ティソーダ」
「あとゼロの好きなものね」
最後の台詞をわざわざ付け加えたのは、こう言わないと絶対私とイチの分しか買ってこないからだ。忠実と言えば聞こえがいいが、融通が利かないとも言える。頭はいいし音程もきちっと取る子だが、たまに呆れるほど生真面目になる。まあ、この一カ月の付き合いでだいぶ慣れてはきたが……。なんとなく手持無沙汰になる。タバコ吸う人なら、こういう時にタバコに火をつけるんだろうなあ。そう思った時、イチが蚊の鳴くような声を絞り出した。
「マスター、怒ってる?」
「……ちょっと。……あなた、もっと見掛けの年齢らしい振る舞いをして欲しいものね」
「……すみません」
しおれたイチを見て、もう一つ溜息が出た。よし、と言おうとして自分の言葉の意味を反芻する。
見掛けの年齢……?
あ。
ちろっとイチの方を見やる。
軽くイチが首をかしげた。自分が妙な妄想の餌食となってるとは、夢にも思っていないに違いない。
「ゼロが持ってきた飲み物飲んだら帰りましょ。試したいことがあるの」
「え、あ、うん」
急に飛んだ話に目をぱちくりさせながら、獲物は素直にうなずいた。



ゼロ視点 帰宅後

ふむ。
手にあるアイスカップの柔らかさを確かめる。急なアクシデントにもかかわらず、ドライアイスは自分の役目を十二分に果たしてくれたらしい。マスターの買った冷凍食品もどうにか無事のようだ。
今日の外出はつつがなく、とは言えないが、結果的には有意義な外出だった。そう思いながら冷凍庫のドアを閉めると、言えなかった原因がキッチンに顔を出した。
「ねーゼロ、マスター部屋にこもっちゃったよ?」
「あの人のこもり癖はいつものことだろう?気にすることないんじゃない?」
「つまんないよー。やっぱりさっきのこと怒ってるのかなあ」
俺達の調整をしていなければ、部屋にこもって活字を追う。あるいは動画サイトで俺達の同族たちの歌を聞く。仕事以外で人と接することと言えば、学生時代の友人たちと会う時だけ。人嫌いではなさそうだが、あれで外の世界で無事やっていっているのだろうか。自分たちのマスターなだけに少し気にかかる。でも俺達から言うのも……。
「あ、ダッツ!これきょうのおやつかな?!」
「そうみたいだよ。このあいだ曲を完成させたから、ご褒美だと言っていた」
「やったあ!」
イチが飛び上がった瞬間。
ぽん、と、軽い破裂音。閃光が走る。薄い煙が晴れると、そこにいたのは。
「…あれ?……ぜろ、おおきい?」
俺の四分の一にも満たない身長。ぷにっとした頬。目の比率が顔に対してやたらと大きい。
幼児?!
目の前の光景に絶句していると、部屋着に着替えたマスターが頭をかきながら登場した。
「まままマスター、これっ?!」
「へー、ゼロでも動揺することあるんだねえ。ああ、予想以上にちっちゃくなっちゃったなあ」
のんきなことを言いながら、目の前の幼児を抱き上げる。
「ますたぁ?」
「うん。これからいっちゃんは、お歌を歌わない時はこの格好でいようか?そしたらいつでも抱っこしてあげられるよ?」
「じゃあおれ、いつもこのかっこでいる!」
男の沽券とかプライドとかそういうものを一瞬で華麗にスルーしたイチの台詞に、ぱくぱくと口を開けるだけで言葉が出てこない。
「じゃあそうしよーねー?わー、てぇちっちゃーい」
ああそうですね、マスターは子供大好きなんでしたよね、……あれ、なんだかもやもやするのはなぜだ。
何かひとこと言いたくて、マスターの耳に口を寄せる。
「ジェンダーファクター下げたんですか」
「うん。あとネットを参考にいろいろといじくった」
「いいんですか」
「何が?」
聞き返されて、あ、いや、と言うと、マスターが言を継ぐ。
「前からあなた達の部屋、大人二人じゃせまいだろうなあって思っていたし。イチもちいさくなれば、迷子センターに迎えに行くのに恥ずかしくなくてすむし。多少騒いでも、泣いても、私に抱きついてきても、子供ならおかしくないでしょう?」
「……」
何かが絶対に間違っている。間違っているが、その何かを俺の電子脳では特定できない。
「今度子供服買ってくるからねー。可愛い奴」
「わぁい」
『わぁい』じゃない。だがしかし、本人達が同意しているのなら、それに口を差し挟むのもどうかと思う。結果俺の取った行動は、無難極まるものだった。
話題を変えよう。
「マスター、お茶飲みますか?」
「うん、適当な奴入れて。ちゃんと自分の分も入れるのよ?」
「おれティーソーダー!」
「……はいはい」

悟った。
この家に常識人は、俺だけだ。
コンロに向かって、軽くこぶしを握りしめた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

イチが小さくなったわけ

いやもう、タイトルどおりです。
マスターもゼロもご苦労が多いようですね。

閲覧数:213

投稿日:2010/05/11 21:33:03

文字数:2,761文字

カテゴリ:小説

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  • 夢野

    夢野

    ご意見・ご感想

    …ゼロ君ふぁいとっ
    イチ君が可愛らしい…

    2012/01/14 17:39:16

    • おきく@三重苦P

      おきく@三重苦P

      どうも、うちの子がなんでこんな恰好なのかの説明SSです。
      うち一の苦労人はゼロですね。天然三人に囲まれて大変です(^_^;)

      2012/03/10 01:43:34

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    イチくんが小さくなったのはこんな理由があったんですね~
    これはセロくんがすごく苦労人な気がしますw
    でもイチくんかわいいからいいですよね^^
    毎日が楽しそうですw
    うちの海疾もこのくらいかわいげがあったら・・・ごふ・・・
    海疾「よし、マスターを沈黙させた」
    星疾「やりすぎじゃないか?マスター泡吹いてるぞ」
    海疾「う~ん、ダンボールの角で殴るのはやりすぎたかな?でも気にしない~」
    星疾「まいっか」

    2010/11/03 00:02:55

    • おきく@三重苦P

      おきく@三重苦P

      どうも、おきくです。いつもイチがお世話になっております。
      うちのゼロは我が家で一番の苦労人ですな。おいらとイチに振り回されております。
      振り回すのも楽しいので存分に遊ばせてもらっておりますが、そのうち愛想を尽かされるかもしれませんな(^_^;)
      いやもう尽かされてるか……。

      1「かいとくんかわいくないの?かいとくんかわいいじゃん?」
      0「可愛げと可愛いはまた違うんじゃないの?」

      2010/11/03 17:41:35

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