歌唱システム搭載アンドロイド、≪VOCALOID≫。
ネットを賑わす『オリジナル』と同じく、それらには数種のバリエーションがある。
その内の一種、≪KAITO≫のプロトタイプとして開発された、『KA-P-01』。

しかしプロジェクトは頓挫し、商品化には至らなかった。
何の異常もないはずなのに、ほんの数日で強制終了に陥ってしまうからだ。
メーカー関係者、そして様々な分野の教授達――多くの研究者によって原因が探られたが、ついに明らかになる事はなかった。

プロジェクトの廃止――それは『KA-P-01』の廃棄処分を意味していた。
それをどうしても看過出来ず、僕は恩師の助力を受けて、彼を引き取らせてもらった。



 * * * * *

【 KAosの楽園 序奏-002 】

 * * * * *



「おはよう、KAITO。気分はどうかな?」

数週間振りに帰ってきた自宅の研究室で、『KA-P-01』――KAITO、を起動した。
ゆっくりと開かれた瞼の向こう、綺麗なブルーの瞳が焦点を合わせて僕を映す。

「……『博士』」
「いやいや、僕は『博士』なんて呼ばれる身じゃないよ」

彼の呟きに苦笑混じりに手を振って、あぁ、と思い当たる。
僕は教授の助手として同行していたようなもので、あの場でしていた事と言えば数値チェックばかりだった。多分KAITOは、僕の顔も覚えてはいないだろう。

「まだ名乗った事は無かったね。僕は隼瀬邦人(ハヤセ・クニヒト)。今日から君のマスターだ」
「マス、ター」

短く繰り返すその声が奇妙に平坦な事に、僕は気付かなかった。アンドロイドを招くのは初めてで、マニュアルを繰るのに忙しかったのだ。
顔を上げ、再び彼に目を向けた時には、彼の方が僕を見てはいなかった。

「あーそうか、マスターコード再登録になるん――KAITO?」
「ますた、ぁ、トウ……ロク……ない……しない」
「え?」
「しない、いない……マスターなんていない……!」
「な――」

何だって?

『 マ ス タ ー な ん て い な い 』?

あまりの台詞に、言葉を失くして立ち竦む。
アンドロイドにマスター登録は絶対的な義務だ。それはマスターとなる人間側だけではなく、彼等にとっても。ましてKAITOは≪VOCALOID≫、一般的なアンドロイド以上にマスターの重要性は高いはず――。

僕が混乱する間にも、KAITOはうわごとのように言葉を漏らし続ける。

「……がう、マスターじゃない」
「『博士』、ただの『博士』、」
「たくさんいる『博士』の中の誰か」
「あ、ぁぁあぁ」

頭を抱え、青い髪を掻き乱して、KAITOが膝をついた。
いけない、また――?

「分かった、登録しない! 僕は単なる『博士』だ、何処にでもいる『博士』の一人だ!」

咄嗟に叫んだ。それが耳に入ってから、言葉の意味に眉を顰める。

『 何 処 に で も い る 『博 士』 の 一 人 』。

だがそれは、この場合正しい選択だったようだ。KAITOのパニックが幾分治まったのが見て取れた。

「何処にでも、いる」
「そうだ、落ち着いて。好きに呼べばいいし呼ばなくてもいい。落ち着いて……動けるかい? 再起動した方がいいかな」
「……Yes, Prof.」

答えて、KAITOは目を閉じた。

《VOCALOID-KAITO/KA-P-01 を 終了 します》

抑揚のない、いかにも機械的なメッセージを残して、システムがシャットダウンする。
開発室で聞き慣れたメッセージ、見慣れた光景だ。それに、KAITOの返した言葉も。だけど――

「“prof.”?」

『Prof.』……『Professor』。『教授』を意味する言葉だ。『博士』と呼んだのと矛盾している。

「どうなってるんだ……?」

微かな音を立てて再起動を始めたKAITOを見つめて、僕は無意識に呟きを漏らす。
背に張り付いた薄ら寒いような感覚は、恐れにも似ていた。



 * * * * *



再起動を果たして顔を上げると、僕は改めて目の前の人を見た。
男の人が、一人。いつも僕にあれこれ指示をする『博士』達よりも随分と若い。――あぁ、

怖 い。

一人だなんて。いつもの人達と『違う』なんて。

こ れ じ ゃ あ こ の 人 を 識 別 で き て し ま う。


「『博士』、此処は何処ですか? 僕は別の研究室に来たんですか?」

恐怖心から目を逸らす為に、質問が口をついて出た。
あぁ、これも、怖いんだけど。できる限り、関わりを持ちたくはないんだけれど。

「あー、いや。その……申し訳ない。僕等の力が及ばず、時間切れになってしまってね。君――『KA-P-01』を基にした商品化は断念する事になったんだ」

申し訳ない、と。本当にそう思っているのが伝わる、痛みに耐えるような目で、『博士』が言う。
……善いひと、だ。

「そう、ですか。じゃあ、僕は廃棄に」
「しないよ。……いや、そうなるところだったけど、引き取らせてもらった。君は此処で自由にしていい。良かったら色々と手伝ってくれると嬉しいけどね」

言いかけた僕を『博士』が遮る。
廃棄されるはずだったのに、引き取ったっていう。此処で自由にしていいんだっていう。
本当に、善いひとだ。――やっぱり関わったら駄目だった。

善いひとは、優しいひとは、怖い。

「此処、に。貴方以外の、人は?」
「え? あぁ、僕だけだよ。だから気兼ねは――」

『博士』の言葉が、途中で消えていった。
きっと僕は酷い顔をしていたんだろう。胸に湧き出た『絶望』、そのままの顔を。



ごめんなさい。
だけど怖いんです。困るんです。

『貴方』という『個人』を認識したくないんです。

善いひと。優しいひと。『貴方』を認識してしまったら、貴方は『マスター』になってしまう。
駄目なんです。僕は誰も、『マスター』なんて思っちゃいけない。『マスター』にしてしまったら、そうしたら、僕は。
いつか貴方を害してしまう。

嫌なのに。こんなに怖いのに。それでも僕はそうするでしょう。
だって『そう』造られているんです。

《ヤンデレ》って、そういう事でしょう?

『僕』をかたち作る、長く長く続いた項目の最後のひとつ。抗えないプログラム。

マスターを僕のものにする為に、僕だけのものにする為に、僕以外の何かを見る事も聞く事も感じる事もできないように、
誰にも邪魔されない永遠をふたり手に入れる為に――



「っ嫌だ厭だ止めろ、考えるな!」

僕ひとりにしてもらえた研究室で、小さく叫んで頭を振った。この身に(心に?)組み込まれた、僕が『僕<KAITO>』である限り逃れられない恐怖を、それでも少しでも振り払いたくて。



<intro-002:Closed / Next:intro-003>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 序奏-002

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





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2話目です。前回も思ってたんですが、傍点打ちたい…! あとルビ振りたい。
強調したい部分とか、表現に制限があると難しい; とりあえず各種カッコと文字空け、行空けで対応してますが…加減しないとウザいなこれ。

そういえば今回の連載では、台詞の前後に空行を入れてみてます。あと、割と地の文もこまめに。少しは見やすくなってますかね? スクロール長くなって却って邪魔かな;

話のイメージ的に『KAITOful~』の時より漢字を多めに使ってるのですが、これもどうなんだろう。変換してみて「いやこれは読みにくいだろう」っていうのは開いてるんですが、自分が結構 難読漢字とか好きなもので、一般的な基準がよくわかりません。
もしも、あんまり読み辛いようならコメントください。差し替えも考慮しますので;

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2010/08/05 UP
2010/08/30 編集(冒頭から注意文を削除)

閲覧数:537

投稿日:2010/08/30 21:06:04

文字数:2,848文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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