女はメイコ、と名乗り、カイトは死にかけのところで拾われて、生き延びることが出来た。
実際、メイコはよくものを拾ってくるらしい。使えるものから使えないものまで、色々と。食べられるもの履けるもの被るもの巻くもの、有機物無機物、犬猫、人間。
そんなわけでメイコがカイトを拾って、彼女が仲間たちと一緒に暮らす下町の下町、まるで人生の吹き溜まりのような路地の奥の掘っ立て小屋に、カイトを双子と一緒に連れて帰っても、そこにいた仲間たちはほとんど皆、またか。という顔をした。
「もー。メーコ姉ちゃん。どうせ拾ってくるなら直ぐに役に立ちそうな元気な人を拾ってきてよ。」
そう言いながら、なにやらごりごりと緑のものをすり潰し始めた、長い髪を二つに結い上げた可愛らしい少女はミクと言った。
「まぁ弱きものを捨てて置けないのは、姉さまの良いところなんですけどね。でも、あまり素性の分からないものを簡単に拾うのはいかがなものかと思いますよ。」
そうため息をつきながら刃物を研いでいる、髪の長い神秘的な雰囲気の女性はルカと言い。
「大丈夫だって。この間の抜けた顔。何か企みを持ってメー姉に近づいたとは思えないよ。」
「そうそう。それにこいつ、ひょろひょろだけど意外と筋肉質だよ。ほーら、腹筋が固い。」
そう言ってカイトの頬をむにむにとつねっている、髪をちょこんとひとつにくくった方は双子のレンで、カイトの腹をぺちぺちと叩いている、頭に大きなリボンが揺れている方が双子のリン。
「まぁまぁ、構うのはそれぐらいにして。ゆっくり休ませてあげたほうがいいと思うが。」
そう言って双子を諫めた、何やら裁縫をしている長い髪をひとつに結い上げたどこか古風な風貌の男をカムイ。と言う。
「まだ水が冷たいわねぇ。ルカ、お酒。」
そう言ってメイコが頭を拭きながら入ってきた。姉さま、まだ昼間ですよ。とルカに窘められて、ちえっ、と残念そうに唇を尖らせた。
水を浴びてきたのだろう、頭から水滴が滴り落ちていた。汚れを落としてさっぱりとした様子で、すとん。と腰を下ろし、臥したカイトの顔を覗き込んだ。
「あーあ。酷い顔。何日もモノを食べてない顔をしてるわね。ミク、出来た?」
「もうちょっと。」
そう言ってミクは今まですり潰していたものに、なにやら液体を加えよく混ぜて、出来た。とメイコに差し出した。
「ちょっと匂いと味はアレだけど。全部飲みなさいよ。」
そう言ってメイコはそれの入った器をカイトの前に差し出した。
緑色のそれからは何やら異様な匂いがした。メインはネギ、だろうか。それに何やら得体の知れないものが色々と混ざっているような、けれどネギの匂いが強烈過ぎてなんだかよく分からないような、そんな匂いだ。
「あの、これ、飲まなくちゃいけませんか、全部。」
真っ青になりながら思わず敬語になったカイトに、メイコが嬉しそうににっこりと微笑み、カムイ。と背後で何やら縫い物をしていたカムイを呼んだ。
カムイは心得た。とばかりの表情でカイトを背後から抱き起こし、そのままがっちりと動けないよう押さえつけた。動くことも出来ず恐れ慄くカイトに、メイコとメイコの持つネギ臭の物体が近寄る。
「大丈夫よ。ホンット味はアレだけど、ミクの腕は確かでちゃんとした薬湯だから。」
「どう見ても薬湯に思えないんだけど。だってそれネギじゃん明らかに。」
「確かにネギだけども。だけれども。何故かはよく分からないけど、体には良いのよ。観念しなさい。」
そう言いメイコはカイトの顔を上向かせ口を開かせて一息に緑色のそれを流し込んだ。
「んぐぐぐぐ。」
物凄くまずいことだけは良く分かる。そんな味だった。
げほげほと、咽るカイトにルカが心底同情している表情で水を差し出してくれた。口の中に残る味を何とかしたい一心で、カイトが水を一息に飲み干すと、次はこれ。と言うように乾燥したパンと肉を差し出した。
「ゆっくりとしっかり噛んでから飲み込んでください。絶食後は、本当はおかゆのほうが良いのだけど。まぁミクの薬は効果絶大ですから、大丈夫でしょう。」
そう静かに語りかけるルカに、カイトが、もぐもぐとそれらを頬張りながら、有難う。と言うと、ルカは微かに首をすくめて、礼を言うならば姉さまにでしょう。と言った。
「貴方を助けたのは、姉さまですよ。確かに今は無体な事をしましたが、それも貴方を思っての事。貴方は素性が知れていないだけでなく、とても失礼な奴でもあるのかしら。」
「ああ、そうだね。」
ルカの言葉にもっともだ。とカイトが苦笑すると、ルカは一瞬目を見開き、失礼な奴じゃなくて天然な奴なのかしら。と微かに眉を顰めた。
「天然よ、きっと。カイトは。」
そうメイコが苦笑しながら横から言ってきた。
「食べ物を腹に収めたから、そのうち眠くなってくるわよ。そしたらゆっくり眠りなさい。ゆっくり寝て起きたら、少しは体が動くようになってるから。」
そう穏やかにカイトに語りかけ、メイコはカイトの髪の毛をかき混ぜるように、くしゃくしゃ、と頭を撫でた。
荒れた指先の温かな体温が心地よい。メイコの言ったとおり眠気がカイトを襲ってきた。うつらうつらと瞼が重たくなったカイトは、まだ礼も言ってなかった。と必死で目を開けようとした。
「あの、メーコ、さん。」
「何?」
そうメイコは目を細めて笑いかけてくる。撫でてくれる指先が心地よく、意識がまどろみの中に溶けてしまいそうだ。
「、、、メーコ、さん、人の頭撫でるの、好きなの?」
礼を言うはずだったのに、他の事を口走ってしまった。あーあ。と思いつつ、カイトが目を閉じると、メイコの赤い声が頭上から降ってきた。
「そうねぇ。カイトはなんか犬みたいだから、つい撫でたくなるのよね。」
笑いを含んだその言葉に、カイトは思わず笑みをこぼして、犬ですか。と呟いた。そして、そのまま意識は心地よい暗闇の中へ落ちていった。
前にいた場所では多くの人に、狗。と呼ばれていた。それが酷く気に障り、そう呼ばれるたびに相手の耳を千切ってしまいたくなった。同じ音なのに、同じ、イヌ。なのに。メイコの口から零れると、それは優しい甘い響きを伴った言葉になった。
まだメイコに出会ってから、メイコに拾われてから1日も経っていないのに。なんでこんなにもメイコのことが好きになっているのだろう。とカイトは夢の中で不思議に思った。
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