足元を弾丸が弾ける。
弾丸がはじいた小石が右足をかすめていくが、気にせずに駆け抜ける。
狙いをつけさせてはいけない。
つけられた瞬間、一瞬にして脳天をぶち抜かれるから。
移動先を予測させてはいけない。
予測された瞬間、その先を射抜かれてしまうから。
それ故彼は止まらない。
前後左右へゆさぶりを止めない。
無茶がきかない体に鞭を打ち、急制動急加速を繰り返す。
跳んでコンテナの上に上がっては一気に飛び降り、勢いを殺さずに突き進む。
その姿は、まるでプロのフリーランニングの選手、パルクールの第一人者。
その動きは、すべては自分が生き残るための行動。
眼前にから放たれる凶弾に、自分の体がハチの巣にされる前に――
「シッ――!」
何よりも疾い高速の三射撃。その射撃は、正確に目の前の目標の額を撃ち貫く。
自分の足元へ放たれた弾丸をステップとジャンプで回避すると、着地地点に膝をついて正確に狙いを定め――トリガーを引く。
ダァンッ、という轟音を響かせ、その一撃は確実に目標の頭蓋を打ち砕いていく。
「――!!」
瞬間、真後ろから響いた怒号。ちらりと横目でとらえたのは、金属パイプを大きく振りかぶって後頭部へ狙いを定める敵対象の一人。
正面からは、すでにこちらに狙いを定めて銃口を真っすぐに向けている対象が一人。
「チッ――」
右で構えている「砂漠の鷲」一つでは、同時の迎撃は絶対に間に合わない。
ならば――
「これで――!」
左の腰に手を伸ばす。しっかりとつかむ金属の感覚。引き抜いてトリガーに指をかけ、そのまま両手同時に引き抜く。
ダダンッと、若干のタイムラグを発生させながら放たれる、9ミリパラベラム弾と50AE弾。
反動で両腕がブレる。跳ね上がりそうになる右腕を強引に抑え込もうとして、逆に肩が外れそうになる。
だが、放たれた弾丸はきっちり両翼の目標に着弾し、その脳天を吹っ飛ばす。
吹き飛ばしたのち、彼を襲う銃弾の嵐、跳びこむようにして回避すると、そのままがれきへと身を隠す。
がれきを壁にして身を隠すと、ふぅ、と大きく息をついてから再度がれきの向こうへと思い切り駆け出す。
「――ッ!」
瞬間、足元に着弾する大質量のナニカ。
思わず足を止めてしまう。
それが愚行と気が付いた時には、もう遅かった。
中距離から放たれた狙撃銃の弾丸と気づいた瞬間、彼の脳内は警鐘を鳴らす。
早く動け。さもなくば――
「まず――っ!?」
一歩だけ右足を下げる。
瞬間爆ぜる右足元。爆散する足元のコンクリートが、椛の頬をかすめ、身体に食い込み、鮮血をまき散らす。
続いて放たれる第二射。
回避する暇もなかった。それほどの高速狙撃。
結果的には回避できた。ほとんど直観に等しい回避。しかし、その弾丸の衝撃波は彼の足をかすめ、肉を抉り、鮮血を大きく散らしていく。
再び少し離れた場所に身を隠すと、ゆっくりと息をつく。
今の一発は、恐らく大質量の対物狙撃銃の弾丸。
次といわず、撃ち抜かれた瞬間、当たった瞬間いやおうなしに死が待っている。
ふぅ、と大きく息をつき、改めて両手に握っている銃――デザートイーグルとM93Rの弾倉を取り出す。
50AE弾と9ミリパラベラム弾。性質も威力も全く違う二つの弾丸。
しかし、この「全く違う弾丸」は、まさに彼と彼女、二人のことを正確に表現しているようだった。
がつん、とそれぞれ弾倉を入れなおす。
込めるのは、弾丸だけではない。それぞれ決意と覚悟。
ここを絶対にしのぎ切るという決意と、死にかけようとも、彼女を絶対に守り切るという覚悟。
両手に握った二丁の銃へ力を込め――再び彼はがれきの向こうへと躍り出る。
瞬間、二丁の拳銃から放たれる弾丸の音と、遠間から放たれた狙撃銃の音が、ほぼ同時に響いた。
――現在
時刻はすでに八時を過ぎていた。
綾瀬君は明日、大学で用事があるということで早めに上がってもらっており、今店にいるのは僕一人。
しかし、夜になっても珍しく常連のお客はほとんど来ず、昼間と同じように暇な時間を過ごしていた。
ゆったりとラジオのパーソナリティのコメントに耳を傾け、こっくりこっくりと襲い来る眠気と戦っているとき――
「あの、ここってまだやっています?」
ふと、そんな風に声が聞こえ、一人の女性が入ってきた。
黒髪のロングヘアー。藍色のロングコートを身にまとい、ゆるりと店内に入ってくる女性の姿があった。
「えぇ。大丈夫ですが――」
思わずまじまじと見てしまう。
薄暗い店内を照らす橙色の照明。その暖かな光を、彼女の黒髪は反射してうっすらと茶色に染めていた。
「――っんん。注文、何になさりますか?」
小さく咳払い。そっとカウンターの向こうから手製のメニューボードを差し出すが、彼女は「必要ないよ」と言わんばかりに小さく首を振り、真っすぐ僕の目を見つめる。
「ブレンドコーヒー。砂糖もミルクもいらない。それと、ハニートーストをいただけるかしら?」
「コーヒーとハニートースト、ですね?」
少々お待ちを、と女性に伝え、僕はいくつかのコーヒー豆を選定してコーヒーミルに入れ、ゆっくり挽いていく。
がりがり、がりがりと固形だった豆が粉末へと変わっていき、ゆったりとコーヒーの香りが店内に広がっていく。
ちら、と目線をずらすと、カウンター席にいつの間にか座っていた女性はそのコーヒーの香りに頬を緩ませていた。
「相変わらず、キミはコーヒーを入れるのが得意だね」
「――は?」
思わず聞き返してしまう。
今、この人は何と言ったか。
そして、この口調。どこかで聞き覚えがある。
コーヒーミルを動かす手は止めず、そのまま記憶の奥底から、隠した記憶を、沈めた記憶を、忘れようとした記憶をサルベージする。
「まさか――奈優さん?」
「そっ。久しぶりね」
彼女――夜来奈優は頬杖を突きながらニコニコ笑顔を浮かべる。
こんな夜に彼女が来るなんて、むしろ彼女が僕の店を訪れるなんて――
「もう、大丈夫なんですか?」
「えぇ。それに、大丈夫じゃないと私はここに来ないわよ」
そんな風に言葉を交わしながら、僕は先んじで用意のできたブレンドコーヒーを出し、すぐさまハニートーストの準備を始める。
すっ、とマグカップに口をつけ、頬をほころばせる奈優さん。
しかし、すぐさま先ほどとは打って変わって真剣な表情を浮かべ――
「私がここに来た理由、分かっているでしょう?」
「……」
あえて無視を貫き通してみる。だが、それは無為に終わってしまう。
何せ、この後彼女から発せられる言葉に対し、僕は「否定」の言葉を発することは許されない。
むしろ、否定した瞬間脳天がはじけ飛ぶだろう。
「仕事よ、二代目。閃光の異名を持つあなたにしかできない、そんな依頼」
「――僕は閃光じゃない。それに、二代目なんて」
恐れ多すぎる。そんな風に付け加えながらも、僕は彼女に手を差し出し、さらに完成したハニートーストをカウンターに並べる。
差し出した手は無言の要求。依頼内容の書かれた文書をよこせ、という、彼女へのアピール。
彼女は、僕の行動を見てすぐさま理解し「相変わらず言葉より行動で示すのね」なんて言いながら、茶色の封筒を取り出す。
そして、それを手渡しながら、こんな風に言うのだった。
「よろしく頼むわよ、二代目《椛》」
「解っている、奈優――いや、紫」
そんな風に二人の影での物語は、始まったばかりなのだった。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想