紅く染まる夕焼けが、バラックが立ち並ぶ下町の向こうに広がる水平線に落ちてゆくのを、寝巻き姿のままでメイコは鉄格子越しに眺めた。
 身を清められ清潔な着物を渡されて白い殺風景な部屋に通されて、数日がたった。食事はきちんと1日3回、合間にお茶の時間もある。ふかふかのベッドで眠ることもできる。飽きることの無いように、本まで用意されていた。
かたかたと、羽の大きな扇風機が居心地良くなるように、温い空気を掻き混ぜて風を送ってくる。しかしその音が耳に煩く、叩き落してやりたい衝動に駆られた。
こんこん、とノックの音が聞こえ、メイコの返事を待たずに男が部屋に入ってきた。自分をここへと連れてきた、相変わらずの堅苦しいスーツ姿に、メイコは冷たい視線を送った。
「この研究所の責任者、今は貴方なんですってね、東堂。」
そうメイコが言うと、東堂と呼ばれた男はおかげさまで。と笑った。
「私は、咲音博士の第一助手でしたから。まぁ順当に昇格した結果ですよ。」
その言葉に、ふうん。とメイコは鼻で笑った。
「貴方のことだから、裏で色々と工作してライバルを蹴落としたんだと思ってた。」
メイコの棘のある言葉に、東堂はそんなことはありませんよ。と軽く首をすくめた。
「メイコ様は色々と勘違いをなさっておいでだ。私は純粋に、この科学の力を世のために使いたいだけなんですよ。」
「そんな綺麗事を言って、結局、じいさんの遺産が欲しいくせに。」
メイコの言葉に、東堂は首を横に振った。
「まぁ、確かに博士の残した莫大な遺産は魅力的ですね。しかし私が欲しいのは、博士が研究してきたからくりが記録されている帳面ですよ。」
「帳面?」
「ええ。博士が今まで研究してきた、あるいは実際に作ったものが全て、記されている帳面です。」
何故、そんなものが欲しいのか。とメイコが眉を顰めると、東堂は分かりませんか?と首をかしげた。
「博士が発表されたからくりは、研究されていた物の、ほんの一部だと聞きます。更に言うと、実際に発表された2輪車や四輪車、大陸を繋ぐ列車などは、実物はあるが、その作り方は博士亡き今、誰も作ることが出来ない。しかし、全てが記録された帳面さえ手に入れば、それらを再び作ることができ、更に、未知のからくりを使って、新たに便利な道具を作ることも可能なんですよ。」
そう、どこかうっとりとした様子で語る東堂をメイコは醒めた目で見つめた。
「じいさんは言ってたわ。人は便利なものを手に入れると、その力を過信してしまうって。人は弱いものだから、強い力を手に入れると良くない使い方をしてしまうのだって。強すぎる力は、人を悪い方向へ連れて行ってしまうって。だから、人は、少しくらい不便なままの方が良いって。」
メイコの言葉に、東堂は大丈夫ですよ。と笑った。
「私が使い方を誤るわけが無い。世の中の人々の生活を便利で豊かなものにしようとしているだけですよ。」
その言葉に、メイコはふと皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「じいさんは、自分の考えは絶対間違えていない。と考えているようなやつこそ、間違えているものだ。とも言ってたわね。」
メイコのその言葉に、笑顔だった東堂の眉がピクリと動き、頬が強張った。その様子に、あら図星だった。とメイコはせせら笑った。
「あんたでも図星を指されると、そんな顔をするのね。それとも、何?生前のじいさんにも同じことを言われた?」
「、、、そんな事は、どうでもいいんですよ。」
と、東堂は視線を逸らせて呟いた。やっぱり図星だったんだな。とメイコが思っていると、東堂は気を取り直すように、とにかく。と言った。
「今日は夏至。あなたも手に入った。これでもう博士の帳面は私の手中に納まったも同然です。さあ、メイコ様、着替えをなさってください。貴方の身支度が済み次第、遺産の眠る咲音邸へ向かいます。」
そう言って東堂は足音高く、部屋から出て行った。その背中を見送り、メイコはまだ分からないわ。と一人、呟いた。

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QBK・13~野良犬疾走日和~

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投稿日:2009/09/27 23:00:35

文字数:1,643文字

カテゴリ:小説

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