びしょ濡れでさすがに買い物はできないので、途中の自動販売機でビールだけ買って、結子はアパートにたどりついた。誰もいないしんと静まり返った部屋は、先ほど感じた悲しさを再びよみがえらせたが、そこにはあえて視線を向けないようにして、ただいま。と小さくつぶやいた。
 ビールを冷蔵庫に入れて、ずぶぬれの自分自身をなんとかするためにシャワーを浴びる。夏とはいえ、雨に打たれれば肌寒い。濡れぼそった服を脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴び、乾いたTシャツとハーフパンツに着替えた。もふもふと柔らかなタオルで髪を拭くと、心地よくて、あー、と思わず銭湯のじいさんみたいな声が出てしまった。
 濡れてしまった鞄とその中身を乾かすために広げたタオルに並べはじめたころには、雨は小降りになっていた。もう少し雨宿りをすべきだったかな。と窓の外を眺めつつ、だけど、まあいいか。と結子は小さく笑みをこぼした。
 大雨の中を歩くだなんてまるで小さな子供のようだわ。だけどちょっとすごく楽しかった。そう思って結子はくすくすと小さく笑った。
 ろくなものがない台所に非常食として買い置きをしてあったカップめんを食すべく、やかんをコンロにかけて。ビールを開けてごくごく飲みつつ、パソコンを起動させた。
 結子にとってパソコンはテレビ代わりであり音楽プレイヤー代わりであり、新聞代わりだった。更に言うと趣味の作業にもかなり重宝していた。
 ヴン、と瞬時にしてパソコンが立ち上がる。あれ、昨日ちゃんと切らなかったっけ。スリープモードにしたんだっけ。と小さく首をかしげつつ、ディスプレイに視線を向けた。
 明るくなった画面の向こう側、そこには周囲をきょろきょろと見まわしている桃色の長い髪をした女の人がいた。動画などでよく見る、だけど結子のパソコンにはいないアプリケーションソフト。
 巡音ルカさん。と結子はその見覚えのある姿に声を上げた。
 AI搭載のボーカロイド。何度も動画上で見たことがある。機械とは思えない歌声。欲しいなぁとも思ったことがある。だけど音楽的才能は壊滅的なので手は出さずにいた。そんなボーカロイドシリーズの03、巡音ルカが結子の目の前にいた。
 欲しいとは思っていたけど、だけど、私、え、もしかして無意識で密林デパートで巡音さんぽちってた?
 身に覚えのない買い物でもしてしまっただろうか、と驚きと不安で頭が瞬間沸騰する。結子が混乱した視線を画面に向けていると、向こう側から巡音ルカが困った顔で、すみません迷子になっちゃったみたいなんですけどここどこですか。と言ってきた。

 重なるときは、本当にいろんなことが重なる。

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多生の縁・4

閲覧数:78

投稿日:2010/07/13 18:19:48

文字数:1,098文字

カテゴリ:小説

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