8.車の中で

 数日後、少女の体は奇跡的な回復を遂げていた。
もちろん、トラボルタの献身的な治療もそれに寄与している。

シンデレラは頭は悪くない。
体も治らないまま弟を追いかけるのは建設的ではないと理解していた。
しかし、追いかけること自体をあきらめたわけではなかった。
同時に今から慌てて闇雲に探し回っても見つかるわけはないことも十分わかっていた。
さらには弟の無事をトラボルタから聞いたことも彼女が冷静さを保てた要因の一つであった。

「これからどうするか決まったかい?」
シンデレラが数日間お世話になった小屋の外で、とある作業をしながらトラボルタは尋ねた。
少女も不慣れながら、その作業を手伝っている。

「はい、まずは村に戻ってみます。母さんや村の人をきちんと葬ってやらないと……」
少女の心の落ち込みを悟ったのか、トラボルタはできるだけ明るく振る舞った。
「そうだな、よし 私も一緒に行こう。人手はあったほうがいいだろ?」

「そんな、悪いですよ」
シンデレラは作業を中断して立ち上がり、青年の方を向きながら謙遜してみせた。
「いや、君はまだ完治してないし、この荒野にたった一人、少女を置き去りにはできんだろ?」

トラボルタは言葉を続けた。
「なーに、私のこの移動車ならすぐに着くさ」
二人が今行っている作業とは、小屋に付属している車の点検作業だった。
この移動式の拠点は、旅を続けている青年にとっては自慢の一品だった。

点検も滞りなく終わり、青年と少女は共に車に乗り込み、一路あの悲劇が起った村へ向かった。

「そういえば、トラボルタさんは何をしてる人なんですか?」

「おいおい、言わずもがな わかってくれてると思っていたよ」

「研究をしてるって聞きましたけど」

「メルト症候群の治療法を研究しながら、国中を回ってるんだ。
現場に出向かなければ、現状なんて決してわからないからね」

「へー、あ あの私も少し独学でメルト症候群のこと勉強してたんですよ」

「ほう? すごいね、まだ小さいのに」

「出身はどこなんですか?」

「私は日の国の出身だ」

「え?」

「祖父がこちらで昔メルト症候群の研究をしてたから
大きくなったら私も同じように仕事がしたくてね」

「おじいさまが…… 国境は封鎖されていると聞いてますが」

「私の祖父は有名人でね。実はメルト症候群と名付けたのは私の祖父なんだ」

「へー、それは知らなかったな」

「見たことないかい? 『厄災から今に至る傷跡』って本」

「あ あります。あれはおじいさまが書かれた本なんですか?」

「作者名の所に、トラボルタって書いてあっただろう? 
我が家は代々その名を受け継いでるんだ」

「あの本はこの世界の歴史をつづった唯一の書物ですから。他にもまあ数冊くらいあるけど
どれも、この本の研究量、検証方法から比べると内容は陳腐なものですし」

「ははは、ありがとう。祖父もそこまで褒められるとはな」

「いえ、すいません。柄にもなく興奮してしまって……」

「ともあれ、祖父の跡を継いで月の国まで来たってわけさ」

「なるほど…… で、トラボルタさんは何をしてる人なんですか?」

「おいおい、だから医者だよ。い し ゃ。
まったく、君たちの傷をなおしたり、小屋の設備も見ればわかるだろ?」

「いえ…… その あなたの風貌が私の中のお医者さん像からかけ離れていたものですから……
つい 私を盲目的にしてしまったのです」

「おいおい、そりゃないよ」

二人を乗せた車は村へと着実に近づいて行った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

紅のいかずち Ep0 ~シンデレラストーリ~ 第8話 車の中で

紅のいかずちの前章にあたる、エピソード0です。
この話を読む前に、別テキストの、まずはじめに・・・を読んでくれると
より楽しめると思います。
タグの紅のいかずちをクリックするとでると思います

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閲覧数:116

投稿日:2009/11/21 22:39:41

文字数:1,492文字

カテゴリ:小説

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