UV-WARS
第一部「重音テト」
第一章「耳のあるロボットの歌」
その19「涙」
雲の切れ間に星が見えてきた。
小隊長が声をあげた。
「おーい、生きてるか」
モモが応えた。
「生きてますよ」
「テトは?」
モモは再びテトに這い寄ろうとした。
「待って、ください。いま、調べ、ます」
「モモ、大丈夫か? 何だか、苦しそうだぞ」
「ウタさんこそ、動けるんですか?」
「いや。もう少し、かかる」
ようやくテトにたどり着いたモモは上半身を起こすと、テトの胸部を開いた。
中を覗いてモモは深いため息をついた。
「どうした?」
「タイプHはわたしたちの弱点をよく知ってたんですね」
モモは手を止めて小隊長を見た。
「コンデンサーが外れて放電しきっています。電圧をかけないと、再起動出来ません」
「ということは、モモは、さっきの蹴りで、バッテリーをやられたのか」
モモがテトに充電できないということはそういうことではないか、と小隊長は言いたかったらしい。
「壊れたんじゃなくて、回路がショートしてて、ふつうの動作が、いつもの倍以上に、電力を消耗して、コンデンサーに、電気を貯めるのに、時間がかかるだけです」
〔それを壊れたというんじゃないのか〕
という言葉を小隊長は飲み込んだ。
小隊長は、体をゆっくり起こし、静かに立ち上がった。
それでも切られた右肩から時折火花が飛んだ。
よろめきながら小隊長はモモの隣にたち、左手をモモの肩に置こうとして、失敗した。
左手首から先を失っていたため、バランスを崩し、前のめりに砂の中に倒れた。
「ウタ、さん、大丈夫、ですか?」
うつ伏せの状態で小隊長が答えた。
「大丈夫だ。問題ない」
だが、倒れたショックからか、小隊長の傷口の奥から、小さな爆発が起きた。
「モモ、時間がない。わたしのバッテリーを外して使え」
「え、そんな」
「わたしの体は、もうじき爆発する。急げ」
「はい、わかりました」
モモは小隊長の背中の蓋を開け、二本の乾電池のようなカプセルを取り出した。
次に自分の右腿の蓋を開け、同じような二本のカプセルを取り出し、入れ替えた。
カプセルを差し込んだ脇に赤と黒のケーブルがあった。
モモはそれぞれ外して引っ張った。
「テトさん、気づいて」
モモは、赤いケーブルをテトの胸の奥に差し込み、続けて黒いケーブルを慎重に繋いだ。
パチッと小さな火花が飛んだ。
続けて唸るようなモーター音が聞こえてきた。
モモは外したカプセルを小隊長の背中に差し込んだ。
「ん」
テトの頬が微かに震えた。
「あ、テトさん、気がつきました?」
モモはそそくさと繋いだケーブルを抜いた。
「お、もう終わったのか」
気配を察した小隊長が話しかけた。
モモがテトの胸部を蓋したあと、テトはうっすらと目を開けた。
「モモ、勝ったのか」
モモは伸ばしたケーブルを右腿に仕舞いながら返事をした。
「はい、勝ちました」
テトは勢いよく上半身を起こしたが、頭痛がするのか頭を押さえていた。
「つうっ」
テトは首筋をさすりながら辺りを見渡した。
すぐ近くに小隊長がうつ伏せで倒れていた。
「デフォ子!」
テトは手を伸ばして小隊長の背中を揺すった。
「作戦中は小隊長と呼べと、何度言えば…」
変わらない口調にテトはホッと息を吐いた。
「はいはい、小隊長様の作戦のお陰です」
「うむ、分かればよろしい」
しかし、小隊長がうつ伏せのままだったのをテトは疑問に思った。
「どうした? デフォ子、動けないのか?」
「まあ、そうだ」
テトは両手で掬い上げるように小隊長を仰向けにした。
持ち上げた瞬間に肩から火花が飛んだ。テトは手を止めかけたがそのまま小隊長を仰向けにした。
小隊長の顔は砂つぶに覆われていた。
テトはその砂を丁寧に払い落とした。
「テト、ありがとう。もう、いい」
小隊長の言葉で、テトはすべてを理解した。
「テト」
小隊長のが優しい穏やかな笑顔をテトに向けていた。
「おまえ、本当に優秀だな。おまえがいなかったら、きっと勝てなかった」
「な、なに、言ってんだよ。いまさら」
テトは自分の胸の奥に熱を持った塊を感じていた。
「最後の命令を伝える」
テトが突然大声を出した。
「イヤだ!」
モモは驚いてテトを見た。
「最後なんて、言うなよ、デフォ子。これからも、いっぱい、命令してくれよ」
テトは熱い塊が胸から首に上がってくるのを感じて首を振った。
「当たり前だ。基地が復旧して、リフレッシュしたら、また、こき使ってやるからな」
「ああ」
「だから、いつもと同じだ。また、会おう」
テトは熱い塊が首筋から頭の中に広がって出口を探しているのを感じていた。
「また、会える?」
「もちろんだ」
小隊長が頷くように目を閉じると額のカバーが開いて銀色に輝く2センチ角の立方体が現れた。
「わたしのSC、持っていってくれ」
「わかった」
テトは胸の奥から産まれ頭の中を満たしている熱い塊の出口を見つけた気がした。
テトは、丁寧に小隊長のSCをつまみ上げた。
「テト」
「テトさん」
二人に呼ばれてテトは、自分の中の熱い塊が目から液体となって溢れだしているのを自覚した。
「あは。涙、出すの、久しぶりだ」
小隊長もモモも暖かい日射しのような笑顔を浮かべた。
「テト、おまえ、本当に優秀だな」
「なんだよ、いまさら」
「おまえ、気づいてないのかも知れんが、『U』の中で、涙を流せるのは、おまえだけなんだぜ」
「ホントかよ、それ?」
「ああ。だから、おまえが、ずっと、羨ましかった。他のわたしたちは、悲しそうな振りはできるが、涙は流せないからな。おまえは造物主から愛されているんだろう」
小隊長の傷口が小さな爆発を起こした。ショックで右肩は完全にはずれた。
「時間だ。わたしから離れろ」
テトは小隊長のSCを握りしめ、立ち上がった。
「テト、モモを連れて、目標に向かえ。以降の指揮権をモモに譲る」
「わかった」
テトはモモを背負うと、小隊長に一礼して歩き出した。
「テト、モモ、また、会おう」
「デフォ子、またな」
「ウタさん、また、いつか」
テトが歩きだして五分後、テトたちの背後で爆発が起きた。
振り向いたテトの目に火柱が映っていた。しかし、涙は流れなかった。
テトは再び歩き出した。足下の砂を強く踏みしめながら。
〇
火柱を見つめる目がもうひとつ、その「家」のテラスにあった。
テラスの端の柵に手を置いて、火柱が消えても視線を逸らさず、彫像のように動かない人物は、ショートカットで赤い服を着た女性だった。
女性の目が大きく見開かれた。
「来た」
視線の先に人影があった。
「お客様をお迎えするのは何十年ぶりかしら。用意しなくちゃ、ね」
女性の脇の椅子に人影が座っていた。
その影は全く動いていなかったが、女性は優しくその頭を撫でた。
「もう少しで、会えたのに、ね。あなたはそこで見ていて」
女性は家の中に入ると明かりを着けた。
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