「違うわよ。」
あっさりと母はそう否定した。その言葉に、そうよねそう都合よく事が繋がっているはずがないよね。と結子が小さく落胆のため息をつくと、間髪いれずに、小岩井さやさんは先生の方よ。と言った。
「あなた、小岩井先生を知っているの?」
そうのんきな口調で母が言うのを結子はぽかんと頭の中を真っ白にしながら聞いた。
繋がった。繋がってしまった。こんな思わぬところで繋がりがあった。
返答のない結子に、母が、もしもし結子?と声を大きくして呼び掛けてきた。
「ああごめんなさい。ちょっとぼんやりしてた。」
そう結子が言うと、やっぱり風邪がひどいんじゃないの、そっちに行こうか?などと心配されてしまって、大丈夫よ。と慌てて結子は返事をした。
「ねえお母さん。その、小岩井さんと連絡を取りたいのだけど。大丈夫かな。」
「え、先生と。何でまた。」
どうして。と問い掛けられた質問に、今までの経緯を何と説明すればいいのか。と少し考え込みながら、結子はちらりとパソコンの画面に視線を向けた。
デスクトップ上では、疲れ切ったらしいルカがお昼寝をしていた。ちょこんと座り込んでフォルダーに寄りかかるようにして眠っているその無防備な様子に、ちょっと寝てる場合じゃないよ。と結子は苦笑を浮かべながら、眠りこけているルカを起こすべく、その画面をこつこつ、と叩いた。
そして30分後。小岩井さやさんが結子のアパートにやってきた。
小岩井さやさんは、小柄な背丈に温和な印象の老女だった。なんとなく、ボカロマスターというイメージから結子は若い高校生くらいの女の子か、あるいはあんな曲を作るのだから自分よりも少しだけ年上の大人女性か。などと予想していたので、やってきた老女の姿に目を丸くした。
母の恩師なのだから高齢の方であることは当然なのだが、玄関先で無作法に驚く結子に小岩井さやさんは窘めるでもなく、坂口結子さんですね。と穏やかな笑顔を向けた。
「はじめまして、小岩井さやです。このたびはなんというかご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
そう苦笑を浮かべながら謝罪され、結子は慌てて、とんでもないです。と首を横に降った。
「すみませんぼんやりしてしまって。どうぞおあがりください。」
慌てて結子が部屋に招き入れると小岩井さんは老人特有のゆっくりとした動作で部屋の中にあがりこみ、くるりと何かを探すように視線を部屋の中に向け、ああ。と小さく安堵の息を吐いた。
「マスター。」
歓喜の声がパソコンから響く。ルカが満面の笑顔で画面に張り付いていた。歌っていたときとも結子の絵を見たときとも違う、そんなもの比べ物にならないほどの輝くような笑顔だった。
「ルカ。」
ほっとした様子でマスターと呼ばれた小岩井さんも微笑む。
「よかった。無事で。本当に良かった。」
よかった。と何度もそう言って小岩井さんは手を伸ばし、画面に触れる。
ふと、くしゃりと小さくその笑顔が崩れた。
空いている方の手のひらで顔を覆ったので、泣いているのだ。と結子は気が付き、けれど声をかけることなど出来る筈もなく。その小さな背中をただじっと見つめた。
マスター、ごめんなさい。そうルカも泣き出しそうな表情で言った。
「心配をかけてしまって、ごめんなさい。」
「本当よ。皆もとても心配していますよ。」
どこか有無を言わせない小岩井さんの叱責の言葉に、ごめんなさい。と再びルカは子供みたいに表情を崩して幼い謝罪を口にした。
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