白い肌に、濡れた赤い唇。ガラス玉のように透き通った瞳と、血の透けた頬に影を落とす漆黒の睫毛。
 誰もが羨む美貌を持つ少女は、祖母から貰った赤い頭巾を被り、村の人々から『赤ずきんちゃん』と呼ばれていました。彼女にはひとつ違いの妹がおり、その妹も姉をたいへん慕っていました。そして赤ずきんには、将来を誓い合った恋人がいました。しかし彼には、彼自身も知らない秘密があったのです。それはある満月の夜に、惨劇とともに暴かれることになります。
 赤ずきんの妹は、姉の赤ずきんを慕いながらも、姉の恋人に恋心を抱いていました。許される想いではないと彼女自身わかっていましたので、心の奥底に固く秘めていました。そうでなくても、美しい姉に敵うはずなどありません。
 不気味に輝く満月の夜、赤ずきんは指に怪我をしてしまいます。傷は思いのほか深く、真っ白な指から真っ赤な血が流れ出ました。赤ずきんの恋人は咄嗟に血を止めようと、彼女の指に口をつけました。血の香りが彼の鼻腔をくすぐります。舌先に血の味が広がります。それは何故か痺れるように甘く感じられました。みるみるうちに頭の中が赤に染まり、意識が遠のきます。視界の端に驚きで瞳を見開いた赤ずきんの顔が滲み、そのまま彼の意識は途切れました。
 次に彼が目覚めた時、すべては赤に染まっていました。赤ずきんは彼女自身から流れ出た真っ赤な血にまみれ、瞳からは光が消え、熱を失った肌は恐ろしいほどに青白く、それでもなお美しく輝いていました。彼女を見下ろしながら、彼は自分の両手を眺めます。その手は鋼色の毛に覆われ、大きく鋭い爪からは血が滴っています。足の先からチリチリとした緊張が這い上がってきます。そっと彼女の頬に触れ、その冷たさに背筋が凍ります。底知れぬ恐怖に襲われ、気づくとその場から転がるように逃げ出していました。
 そして悲劇がもうひとつ。ただならぬ物音に気付いた赤ずきんの妹が、赤ずきんが息絶える瞬間を物陰から見ていたのです。魂を失った姉の身体を前に、今起きた出来事が脳裏をぐるぐると駆け巡ります。狼に似た獣のような恐ろしい『何か』が、姉を切り裂いた。きっと夢を見ているのだと、そろそろと姉に近づきその肌に触れます。しかし、むせ返るような血の匂いと、土のように冷たい肌の感触が、彼女の思いを否定します。彼女はその場にへたり込んでしまいました。
 その頃、逃げ出した赤ずきんの恋人は、破裂しそうな心臓のまま森を走り続けていました。どこに向かっているのかもわかりません。苦しげな呼吸音だけが耳に響きます。頭の中の赤い靄が晴れるにつれ、先ほどの記憶が蘇ります。黒く鋭い爪が、熱したナイフがバターを切るようにいとも簡単に赤ずきんの柔肌を切り裂き、返り血を浴びる感触。尖った牙で白く細い首元を噛み千切る感触。舌に残る血と肉の味。彼女のどこまでも透き通ったガラス玉のような瞳に映された自分の姿は、恐ろしい獣のそれでした。
 恐怖に震えながら彼もまた、きっと夢を見ているのだと自分に言い聞かせます。きっと、この満月が見せた悪い夢だと。彼はもう一度赤ずきんのもとへ戻ろうと思いました。そうすれば赤ずきんはいつもの笑顔で彼を迎え、この悪い夢も醒めるに違いありません。
 赤ずきんの側で腰を抜かしていた赤ずきんの妹は、扉の外で小枝を踏み折る音に気付きます。音はこちらへと近づいてくるようです。彼女は慌てて物陰に隠れます。扉が開き姿を現したのは、先ほど赤ずきんを切り裂いた獣でした。小さく悲鳴を上げそうになり、両手で口を押さえます。その獣は赤ずきんに近づくと、膝から崩れ落ち、その亡骸に抱きつき声を上げて泣き出しました。なんて悲痛な声なのでしょう。その声を聞いて、赤ずきんの妹はハッとします。彼女はこの声を知っていました。心臓を氷のナイフで刺されたような感覚が彼女を襲います。そうするうちに、みるみる獣の体が人の形へと姿を変えていきます。その姿は彼女のよく知る者のものでした。信じられない思いとともに目を凝らしますが、想いを寄せている相手を見間違うはずがありません。それは紛れもなく、赤ずきんの恋人でした。昔聞いた祖母の言葉を思い出します。
「人の姿を借りた獣に気をつけるんだよ。満月の夜になると、獣の姿になってお前達を食べてしまうよ」
 子供達を怖がらせるための作り話だと思っていました。
「どうして」
 彼女が思うと同時に、赤ずきんの恋人がぽつりと呟きます。
「どうして」
 そしてそのままフラフラと扉の外へと向かいました。今にも倒れてしまいそうなその背中を、赤ずきんの妹は思わず追いかけそうになります。少し迷ってから、彼女は彼のあとをつけることにしました。どんどん森の奥へと進んでいきます。これ以上行くと帰り道がわからなくなってしまいそうです。彼女は少し怖くなりました。後ろ髪を引かれる思いでしたが、今来た道を引き返しました。
 それを境に満月の夜になると、村では謎の獣に村人が食い殺される事件が起こるようになります。赤ずきんの妹は悩みます。彼女はその獣の正体を知っています。姉の仇を取りたい。しかし、そんなことをすれば獣は殺されてしまうでしょう。姉の最後の姿が脳裏をよぎります。獣の悲痛な泣き声が耳に蘇ります。密かに抱えていた彼への恋心と、彼に愛されていた姉への嫉妬と、姉を奪った彼への憎悪とが入り混じり、赤ずきんの妹を苦しめます。
 気がつくと、彼女は赤ずきんが被っていた赤いずきんを被り、ナイフを胸元に隠し、獣が消えていった森へと向かっていました。枯葉を踏みしめる音が響きます。どこかで、獣の鳴き声が聞こえます。この世の絶望をすべてを知ったような、どうしようもなく哀しい鳴き声でした。赤ずきんの妹は思います。
「きっと、彼は姉を忘れることができないのだ。乾きを癒そうといくら他のものを襲っても、姉の血が忘れられないのだ」と。
 鈍く輝く満月が、彼女の青白い肌を照らします。
「姉と血の繋がったわたしならば、彼の渇きを癒せるかもしれない。わたしを食べれば、彼はわたしのことを忘れないだろう。そして、愛する姉を殺したことを再び思い出し苦しむだろう」
 また、姉の最後の姿が浮かびます。赤ずきんの妹には、あの時何故か姉は微かに笑っているように見えていました。
「貴女はわたしには勝てない」
 そう言われているようでした。赤ずきんの妹は口元に笑みを浮かべ、また一歩森の奥へと歩を進めます。胸元に隠したナイフで指先を切りつけると、溢れ出る血が月明かりで黒く輝いて見えます。
「どうかしら」
 そう呟くと、小さく笑い、森へと消えていきました。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Sequel to Little Red Riding Hood

ニコニコ動画とYouTubeに投稿された楽曲の歌詞の補足的なものです。
もし、赤ずきんに恋人がいて、その恋人が狼男だったなら。
もし、赤ずきんに妹がいて、その妹が赤ずきんの恋人に恋心を抱いていたら。
もし、赤ずきんの妹が、姉の赤ずきんが赤ずきんの恋人の狼男に食い殺される場面を目撃していたら。
的なお話です。

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投稿日:2017/07/17 11:00:55

文字数:2,725文字

カテゴリ:小説

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