ざん、ざっざっざっ。
 道を、わざと足音を立てて少年は進んだ。ざん、ざっざっざっ。蹴散らすように蹴飛ばすように、前へと進むために。
 不安で揺れる人には笑い声を浴びせかけ、泣き出しそうな奴には顰め面。座り込んでいるやつのまわりを囃し立てるよう、くるくると回って。ハイネリィランラ。と歌って騒いでそうして又、前へと進んで。
 ざん、ざっざっざっ。
 いつものように少年は陽気な調子そのままで、大きな足音を立てて。
 いくつかの曲がり角を過ぎて家と家の合間を縫うようにして伸びる路地に入りこみ、段差や小さな階段を登っては降りる。まるで迷路みたいな、けれど少年にとっては庭みたいな路地裏を歩き回り、そして、古い民家の脇の積まれた荷物を足掛かりに、その屋根によじ登ろうとした。
「ハイネリィランラ。」
頭上の屋根の上から、小さな歌声が聞こえてきた。
 ハイネリィランラ。と頭上から響いてきた、その涙で滲んだ小さな歌声に、少年は心底嬉しくなってしまい、くつくつと笑った。
 ばあちゃんが叱るだけじゃ足りない。かみついてひっかいてじゃれついて、もう降参だとカミサマが言うまで、ずっとずっとずっと、まとわりついてやるんだ。
 そんなことを思って、少年は笑顔を浮かべながらいつものように屋根によじ登った。
 人の体は重い。いつものように軽々と屋根の上に飛び上がることができない。よいしょ、と壁に足を引っ掛けて屋根の縁に手をかけて、少年はその重たい体を持ち上げた。ふう、と屋根の上によじ登って一息ついた少年の頬をふわりと涼やかな風が撫でた。
 風?と久しぶりに感じた空気の揺れに、少年は顔を上げた。相変わらずの重たい雨雲が空を覆っていた。しとしとと雨は変わらず降り続き、少年を濡らす。けれど、その灰色の空気を、揺らして動かして吹き飛ばすように、強い風がざあと吹き始めた。
 うわあ。と思わず少年は目を閉じて、そして、目を開けた。
 目の前の、空の端っこ。灰色の雨雲が切れて真っ青な空が顔を覗かしていた。青く、青く、眩いほどに青く。それは嘘みたいに真っ青な夏の空の色。
 鈍色の空気の中に光が入りこんで、世界を照らす。
 すたん、と少年の視界の端で、少女が立ち上がるのが見えた。ぶわりと強い風が、少女に貸した少年の風呂敷を大きく揺らす。雲の切れ間から覗いた空と同じ紺碧の欠片がはためくのを見て、少年も、すたん、と屋根の上、立ち上がった。
「イェン。」
少女が振り返り少年の名を呼んだ。合わせた視線、それだけでもう伝わるものがある。小さく頷いて、少年は、とん、と一歩踏み出した。
「1、」
少女も少年と同じく前へと足を踏み出した。
 とんとんとん、と軽い足取りで二人は前へと足を踏み出していく。かちゃかちゃかちゃ、と瓦の触れ合う音が耳に響く。わくわくとなんだかとっても楽しくて。涙をこぼす代わりに笑顔がこぼれおちて。
「2、3、4、」
名残の雨粒がぽたりぽたりと頬を打つ。けれど、雨の向こう側がもうすぐそこまで来ていたから。
 とん、と少年と少女は大きく跳躍するために強く、足元を踏みしめた。
「5。」
もうすぐそこまで来ているから、迎えに行く。
 ふわり、とふたつのモノたちが中空に軽やかに飛び出した。

ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい
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羊の歌・9~ワンダーランドと羊の歌~

原曲様のPVを見で、うわあ~!!となって。
こういう世界観のものを創ってみたいなあ。私にも創れるかな。ということで曲を元に勝手に文章にしてしまいました。
PVの世界観にかなり触発されて創ったものですが、PVの雰囲気はかけらもない。という話ですね。
好き勝手してそもそもボカロ出てきてなくて。
でも書いちゃいました。
はっはっは~。

こんなのワンダーランドと羊の歌じゃない!などなど、あるとは思いますが。
読んでいただきありがとうございます。

原曲様 ワンダーランドと羊の歌【初音ミク】
曲・ハチさん
PV・南方研究所さん
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11264170

閲覧数:199

投稿日:2010/07/29 13:04:38

文字数:1,344文字

カテゴリ:小説

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