春の花が咲く季節。
新しい恋の物語が花を咲かせようとしていました。
ルーナルチカ恋愛学園。
ここは恋を学ぶための学園です。
校庭や校内は、教材にするための様々な学名の花が咲き乱れ、今日もその花を見ながら先生と生徒達が、その花にまつわる恋の物語を勉強しながら花の庭園をゆっくりと見て回っています。
「この花は学名、ミオソティス ミオマルク。勿忘草ですね。この花にまつわる恋の物語を知っている人はいますか?」
フィオレポエム先生が、ガラス張りのドームの中にある、花園のなかで小さな花を身を寄せ合って咲いている勿忘草を指差して言います。
「はい先生!」
「ストラーダ。話してみて下さい」
他の生徒達が、退屈そうに欠伸をするなかで、ひとりだけぴんと手を伸ばして真面目な顔で挙手する生徒がひとり。
「ある春の日、ドナウ河畔を騎士ルドルフと美しい乙女ベルタが散策をしていました。すでに親の許しも得て結婚式を真近に控えていました。そんな二人は幸せな毎日を送っていました。ふとベルタが水辺に目をやると、鮮やかな青色の小花が咲いていました。ルドルフは、愛するベルタの為に河岸の花を摘もうと、手を伸ばしました。その瞬間、ルドルフは足を滑らせて急流の中に落ちてしまいます。花を握ったまま彼は必死にもがいたけれど、重い鎧のせいで泳げなくて、僕を忘れないで! そう言って最後の力を振り絞って、ルドルフは花を岸にいるベルタに向かって投げました。そして彼はドナウの底に沈んでしまったのです」
「そうです。ただの一輪の花のなかにも、こうして色々な恋の物語が込められているのです。それを、忘れてはいけませんよ」
「はいフィオレポエム先生!」
こうして、先生の後ろを色とりどりの花のようについて歩く生徒達と、先生の授業は続いてゆきました。
先生が、花に込められた恋の物語をひとつひとつ丁寧に実際に花を観察してみながら説明して、恋をすることが、どれほど素晴らしいことなのかを生徒達に話して聞かせるのです。
しかし、どの生徒もとても退屈そうで、恋の物語になんて、まるで興味がないと言った感じです。
その中で、たったひとりだけ先生の話に熱心に耳を傾ける生徒が、ストラーダと言う少女でした。
「今日の授業もすごく退屈だった。一体恋の授業がこれからなんの役に立つって言うんだろう」
「わたしも、来年から就職活動をしなくちゃいけないのに、恋の授業なんて現実的に考えてなんの意味もないよ。なんかださいし。終わってる」
他の生徒が口々にこう語るなかで、ストラーダだけは夢みる少女の瞳をしてこう言いました。
「恋をするってすてきなことよ。恋をすればそこからたくさんの物語が生まれるのよ。先生が言っていたでしょう。ただ一輪の花の中にも、恋の物語があるんだって」
「それがださいって言ってるんだよ。ストラーダって、変なやつ。変わり者だね」
ひそひそと話しながら、悪口を言った生徒はその場から離れてゆきました。
ストラーダは、とても悲しそうに長い綺麗なまつ毛を伏せていました。
それを、ひとりの少年が、こっそりと見ていて、悲しそうに俯いているストラーダのそばに歩み寄って行きました。
「ぼくは、恋をすることは幸せなことだと思うよ。先生の話を聞いていると、自分が恋をしている気持ちになってすごく楽しいんだ」
「ソッフィオネも、恋は素晴らしいと思う?」
「ぼくも変わり者ってみんなに言われるんだ。昔、好きになった女の子が居て、その女の子の着ている制服がドレスみたいに見えたから、制服を着たドレスのお姫様みたいだ。そう言ったんだ。そしたら、その子に笑われちゃったよ」
「……すてきな考え方ね。そんな考え方生まれて初めて聞いたわ。制服がドレスに見えるなんて」
「大人になるってことは、こころも歳をとるってことなんだ。その時に見えたことを、素直に言葉にすることが大事だと、ぼくは思ってるんだよ」
「そう。大人になったら、もう制服は着られなくなるものね。今だけ着られる恋のドレスなのね」
「制服が恋のドレス。ぼくが言いたかったこと、ストラーダには伝わったんだね」
「だって、それってすごくロマンチックな台詞だから……。わたしだったら恋に落ちていたわ」
「きみって、とてもすてきな女の子だね」
「ソッフィオネも」
ふたりは胸に花の絵が表紙の教科書を抱いて、仲良く教室に戻ってゆきました。
それから、ちいさな恋の物語が始まったのです。
「制服が、恋のドレス……」
一番窓際の後ろの席に座って、ガラス張りの窓から空を見上げて、ストラーダは想像します。
制服のスカートを風に揺らしながら、自転車で桜の花が咲く坂道を登るのも青春。美術室で白いノートに空を描く時間も青春。誰も居なくなった教室で、好きな人のことを思う時間も青春。
そして、制服というドレスを見に纏った自分は、現代的な恋をするお姫様なのね。
今しか着られないドレスを着て、恋をする。
制服姿の、お姫様なの。
ソッフィオネにそう教えてもらってから、ストラーダはソッフィオネに会う時、制服を着て彼に会うのが毎日の楽しみになりました。
まるで制服を着ている間は、お姫様でいられるような気がして。
「ソッフィオネが好きな恋の物語はなに?」
ストラーダとソッフィオネは、綺麗なハート型の花のアーチがある噴水の前の校庭の白いベンチに座って、お話ししていました。
ストラーダは、制服の胸のリボンを綺麗に整えて結び直します。
制服はドレスだから。
「アポロンとダフネの恋のお話が面白いよ」
「エロースの金の弓に打たれて、ずっとダフネを追いかけ続けた話ね」
「ストラーダの好きな恋の話はある?」
「親指ひめの恋物語が大好きなの!」
それから、授業の休み時間はいつもふたりはいっしょに過ごしました。
制服のドレスと胸のリボンを揺らしながら、彼に会いに行く短い時間、彼女は次の授業のチャイムがなるまでの間、お姫様でいられるのです。
この学校のチャイムは、どこまでも透き通る綺麗な透明な鐘の音です。
「ぼくがこの学校に入学したのは、いつかぼくも恋の教師になって、この学校で恋から生まれる色々な恋の物語をみんなに伝えたいからなんだ」
「わたしは恋愛小説家になって、たくさんのゆめにあふれた恋物語を生み出すのがゆめなの」
「きみが作る恋の物語。とっても綺麗な恋の小説ができそうだね」
「あなたも、とてもすてきな恋の教師になれそう。だってあなたって、とても心が綺麗で優しいし……。それに……。ロマンチックだもの」
空が、淡い桜色に染まる夕暮れ時。
ふたりはみんなが下校したあとの校舎で、ふたりで学校にある、一年中咲き続ける大きくて立派な桜の木の下で内緒で遊びました。
「今日の授業は、人はなぜ恋をするとキスをするのか」
「なんでですか。ソッフィオネ先生」
「ぼくも分からないよ」
ふたりは、目を合わせてほほ笑みました。先生と生徒になりきって、会話が弾みます。
「では。ストラーダさんは、なぜ人は恋をするとキスをするようになると思いますか?」
「わたしは……」
ストラーダは、ソッフィオネからそっと目を逸らして、頬をピンク色のアザレアのように染めました。
「キスは古く昔から、服従の証や、人とのコミュニケーションをとるのに必要な手段とされていたようだけど、それだと……ゆめがないから」
桜の花びらが降り積もる絨毯に、ストラーダとソッフィオネは肩を寄せ合って座り込みます。
「わたしは、会いたくても会えない人がいる時は、夜空の月にキスをします。恋しくて、どうしようもない気持ちを表すのにキスをします」
「それは、実際にしたことがあることですか?」
「いいえ。わたしのただの想像です」
「それでいいんだよ。恋をして、たくさんのことを感じて。それを素直にありのままに表現できることが恋のいいところなんだから」
「そうですね。先生」
「正解は、いつもきみのなかに見えてきたものにあるんだから。それが正解です」
ストラーダは、それを聞いて、いつかソッフィオネが恋の先生になって、生徒に恋の授業をしている姿が目に浮かんでくるようでした。
「……ねぇ」
大きな枯れない桜の木にもたれかかって、顔を真っ赤にするソッフィオネに、ストラーダが背伸びをしてキスをしました。
ソッフィオネの頭の上に、小さな恋の天使がくるくると飛び回っているようです。
大きな桜の花びらの一枚一枚に物語があるように、こうして、ここに小さな恋のお話が花開いていたのです。
「……読み終わったわ」
白い、桜色のワンピースを着た黒髪の女性が、制服を着たドレスの少女達。と言う題名の短編小説を読み終えて、ひまわり畑の海の中にある、古びたちいさな駅のホームで、電車が来るのを待っています。
目の前のホームでは、どこの学校の生徒かは分かりませんが、制服を着た少女達が、無邪気にはしゃいでお喋りに花を咲かせています。
それは、まるで制服のドレスを着たお姫様が駅のホームで、蝶のようなスカートをひらひらと羽ばたかせているようです。
「お喋りって言葉には、蝶の羽が生えていているようね」
少女達の笑い声が聞こえると、女性は誰に聞こえるでもなく、心の中でひとりそう呟きます。
駅のホームの端っこで、制服を着た少年と、少女が密かな恋の花を咲かせて、笑い合っています。
夏休みの間の出来事です。
駅ホームのアナウンスのメロディーが流れて、電車の馬車がやってきて、その制服のお姫様達を乗せて、海が見えるひまわり畑の間の坂道を雲の上に向かって走って行くのが見えます。
「わたしは、制服は好きじゃないけど」
誰も居なくなった駅のホームで、女性は空を見上げて一言。
「暑いわね」
電車が来て、小さなさびれた駅のホームには、誰も居なくなりました。
さっきまで女性が座っていたベンチに、置き忘れた本だけが、静かにそこで、誰かに拾われるのを待っています。
誰もいなくて静かになったホームに、ひとりの制服を着た少女が現れました。
さっきまで、桜色のワンピースの女性が座っていた、ベンチに腰掛けて一言。
「制服なんて嫌い」
すると、自分が座っている横に置き忘れてある本に気がつきます。
「……制服を着たドレスの少女達」
……少女は、黙ってその本を手に取りました。
そして、しかめ面をしながらその本の中を少しだけ読み進めます。
誰も見ていないことを確認すると、その本を摘み取った花のようにさっと、スクールバッグの中に入れました。
電車がやってきて、電車の中で少女はさっき拾った本を、電車の窓の外のひまわり畑と晴れ渡る空の下を翼の生えた裸足で走るように読みました。
制服のドレスを着て。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

制服のドレスを着て

大人になって、
制服が着られなくなった今、
制服は女の子達の夢のドレスなんだよって
言葉が浮かんできたので忘れないうちに
小説にして書き上げました。

女の子の制服がドレスなら、
男の子はタキシードかな꒰⑅ˊ͈ ˙̫ ˋ͈⑅꒱?

学生時代の青春のことを
思い出せるかなと思いながら
書き進めましたが、
書いている本人は制服が好きではありません。
だからこそ書きました。

読んで見て下さい॰*

ここまでお読み下さった方、
ありがとうございます✳︎

閲覧数:56

投稿日:2023/07/31 10:07:25

文字数:4,373文字

カテゴリ:小説

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