「ええと結子さん。そもそも何でチョコを直火にかけたんですか?」
メイコが微かに眉をひそめてそう問い掛けた。その言葉に、だって、と結子は傍らに置いていた、チョコの作り方をプリントアウトした紙を広げた。
「細かく刻んだチョコを火にかけて温めて、温まったら生クリームの入ったボールに入れてください。って書いてあったから。」
「それ違う。もしかして、細かく刻んだチョコを入れたボールに、火にかけて温めた生クリームを入れてください。って書いてないかな。」
メイコがそうゆっくりと言う。その言葉に、え。と驚いた顔で結子さんは再びレシピに目を向けて、大きくうなずいた。
「本当だ。すごいメイコさん。なんで分かったの?」
「同じのを昨日の夜、私も作ったから。」
そう言って、ちゃんと作り方を読んだ方が良いよ。とメイコは苦笑した。
「結子さんは、普通の料理でも手順をちゃんと読まないで作りだすでしょ。だから失敗するんだよ。」
「だって文字を追いながら作っていると、良く分からなくなっちゃうんだもん。」
むう、とむくれた結子にルカがとりなすように、だけど手際は良いですよね。と言った。
「得意な料理は、まるで魔法みたいに手早く作れるじゃないですか。」
「そればっかり作ってるからね。だからレパートリーが増えないって言うのもあるけど」
やっぱり作った事のないものを作ろうとするなんて、無謀だったかも。とため息まじりにそう言って、結子は傍らに置いてあった雑誌をめくった。
 女性誌の特集、バレンタイン☆簡単手作りチョコと銘打たれたページには、トリュフの作り方からガトーショコラ、チョコ味のチーズケーキや簡単なチョコチップのクッキーなんかが載っていた。
「クッキーだったら作った事はあるけど。だけど私が作ると何故かすごく硬いクッキーになっちゃうんだよね。そもそもクッキーってチョコじゃないし。」
そんな事を雑誌に視線を落としながらぶうぶうと呟く結子に、どうして、とぐみは問いかけた。
「どうして作った事ないお菓子を作ろうとしたんですか?」
ちゃんとしたものを用意して渡してもらわないと、盛り下がってしまう。それは外野で野次馬をしている自分たちにとってつまらない展開になってしまうじゃないか。なんて事を思いながら。
 そんな彼女たちの思惑を知らず、結子は再びため息をつきながら、だって。と言った。
「この間、ぐみちゃんにも言ったでしょう?三村さん。ガリ勉くんのお兄さんにもチョコをあげるんだって。それで、それだったら、美味しいのを渡したいじゃない。」
その言葉に、ぐみはこっそりとメイコと目を見合わせ、にやりと笑い合った。
 状況はなかなか良い方向に向かっているみたいだ。まあ、美味しい手作りチョコを渡したいというのは、単に女子としての意地が働いているのかもしれないけれど。
「結子さん。前に他の人にも手作りしてチョコを配るって言ってましたよね。ガリ勉君のお兄さんに渡すのは、それと違うのを作っているんですか?」
失敗しちゃったのなら、皆に渡すのと一緒のを渡せばいいのでは。とルカが不思議そうに首をひねりながら問い掛けた。その言葉に結子は首を振った。
「え?違う違う。皆一緒。だって手作りすると沢山出来るから、ひとりだけ別に作るなんて勿体ないでしょ?職場で配る分も含まれてるから、だからこそ、失敗も出来ないんだけど。」
そう言って、どうしよう。とため息をつく結子に、それじゃあ、と首を傾げたままのルカが再び問い掛けた。
「職場の人たちだけだったら、簡単なのを作る予定だったの?」
「うん。去年作ったのと同じのを作る予定だったよ。」
その結子の言葉に、ふうん?とルカはやっぱり不思議そうに首をかしげていた。
確実なものを作った方が安全かも。そうかなやっぱり。でも材料買いに行かないといけないのよね。メイコと結子が画面越しにそんな会話をしている横で、ルカがようやく何か腑に落ちた様子で、ぽん、と手を打った。
「ああ、じゃあ。ガリ勉君のお兄さんに渡す事になったから。結子さんは作った事のない、美味しいチョコを作るために頑張っているんですね。」
そう言って納得したように微笑む。
 自分たちがそんな事を言うと下世話な勘ぐりが働いているように聞こえてしまうが、ルカが言うと純粋な言葉に聞こえる。グッジョブルカさん。そう心の中で称賛を送り、ぐみは結子の様子をさりげなく観察した。
 ルカの言葉に一瞬考え込む様に首をかしげていた結子は、その意味が腑に落ちたのか、頬を赤らめた。いやいやいや。と焦ったような声をあげてぶんぶん、と首を横に振る。
「そんなことはないでしょう。そりゃあ確かに。チョコ欲しいって言われて、なんか浮かれたのはあるけど。頑張っちゃおうかな。とか思ったけど。だけど相手はまだ学生さんなんだよ。こんな年の離れた女なんか普通は相手にしないよ。確かに格好良い男の子と仲良くなって私、少し浮かれているけど、だけど。」
あはははは。と赤い顔で何かをごまかすように笑う結子に、メイコが意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「好意の無い人に、チョコが欲しい。なんて言わないよ普通。」
「大切なのは結子さんがどう思っているか、じゃないですか。」
メイコに続いて、ぐみがにやにやと笑いながらそう追いうちを掛けてみる。あはは、なんて乾いた笑い声をあげていた結子は、二人の言葉に口を閉ざし、困ったように眉を寄せた。
「でも。自分でも分かんない。だって、確かにちょっとがんばろうとは思ったけど。渡そうと思っているチョコは他の人と同じのだよ?三村さんにはあえて特別に美味しそうなチョコを買おう。とか思っていないんだよ。」
言い訳のような口調でそう言って、何かを持て余したような表情で結子は口を尖らせた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ヒーロー・2

閲覧数:71

投稿日:2011/02/25 13:09:54

文字数:2,378文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました