その時のルカの様子を、メイコもカイトもハッキリ覚えている。
目を大きく見開いて、口を引き結んで押し黙ったまま、まるで彼女だけ時が止まったかのように硬直して、じっと目の前にいる人物を凝視していた。
それはほんの数秒のことだったろうけど、突然の不自然な沈黙はその場にいた全員を妙な静けさで満たした。
そしてルカは突如何も言わずクルリと踵を返し、ピンクの髪をなびかせて皆の前を横切り、リビングから出ていった。
その一連の動きがあまりにも突拍子がなく、そのうえ素早かったので、その場にいた全員がしばらく何が起こったのか飲み込めずポカンとしていたのだ。
それから最初に声を発したのは―――がくぽだった。
「……不思議な御婦人であるな」
*
おだやかな午後の昼下がり。
お隣からグミが遊びに来るということで、メイコは近所のお店でケーキを買い、おいしい紅茶を淹れて彼女をもてなすことにした。
今日はメイコとカイトが休日だ。珍しい顔合わせだけれど、たまにはこんな日も悪くない。
モンブランがおいしいことで有名なお店のそれを食べてご機嫌だったグミが、唐突に重い溜息をついた。
「…うちの兄さん、ルカさんに嫌われてるんですかねぇ」
「えっ」
「えっ」
いきなりの一言にメイコとカイトは2人同時に声を詰まらせた。グミは眉間にしわを寄せ、神妙な面持ちだ。
「…突然どうしたの?」
「いやー突然っていうか、まぁずっと思ってたことなんですけど。どう贔屓目に見ても、兄さんがルカさんに好かれてるようには見えないですから。…お二人はどう思いますか?」
「…がくぽ君が?」
「…ルカに?」
メイコとカイトはフォークを銜えたまま視線だけをこっそりと合わせた。
「どー…どうだろうね…」
「別に嫌ってはいない、んじゃない…かしらね」
「え、そうですか?根拠は?」
「こ、根拠とかはないんだけど」
「なんでグミちゃんはそう思うの?」
突っ込まれてどもるメイコを押しやって、カイトが若干の焦った笑顔で尋ねる。
「だって、しょっちゅうですよ。ルカさんが嫌がって兄さんとの収録とか撮影とか進まないの。この前だってルカさんがなんかに怒って控室に閉じこもっちゃって、再開するの大変だったって兄さん言ってたし」
「あーそうだった。うちの妹が毎度ほんっと申し訳ない」
「この前のねぇ…ごめんね、がくぽ君も怒ってたでしょ」
「や、笑ってましたけどね。参った参ったって全然参ってないじゃん、って感じで」
引き続き眉間にしわを寄せて、グミは溜息をつく。メイコたちもどうしたものかと曖昧な笑みを浮かべるしかない。
「…あ、別にルカさん責めてるわけじゃないんです。こっちこそすいませんなんか変な愚痴みたいになっちゃって。ただ、一応身内なもんですから、どうしたものかと思って」
「ううん。私達だって身内のことだもの、…心配なのはわかるわ」
「あの2人、それなりに絡み多いじゃないですか。いつまでもこうだと困ると思うんですよね、お互い」
そう、ルカの発売以降、ルカとがくぽの組み合わせは歌だけでなく映像分野でも数を増してきている。声の相性がいいというのもあるし、ピンクと紫の長身美男美女は、並ぶだけで妙に艶やかで美麗なのだ。
だけど、困ったことにどうやらルカががくぽに対して敵意をむき出しにするらしい。それもわかりやすい理由があるわけでなく、なぜか突然がくぽをボロクソにこき下ろしたり殴ったり踏みつけたり引っ掻いたりフォークを刺したり、挙句の果てにはグミが言ったように1人で籠もって顔を合わせたくないと言い出す。そのたびにがくぽがなんだかんだと宥めすかして彼女のご機嫌を取り、なんとか仕事を進めるということだが、話に聞く限り何一つ悪いことをしていないがくぽにとっては、迷惑千万なことこの上ない話なはずだ。
それでも、出来上がったデュエット曲やPVの数々は誰の目から見ても完成度が高いから、不思議なもので。
「うちの兄が何かしでかしたんなら、やっぱりちゃんと謝ってわだかまりをなくしておかないとって」
「…ん、まぁそれはそうなんだけど、ね」
「…多分がくぽは何もしてないと思うよ」
「や、妹の目から見ても、兄さんてどっか抜けてるっていうかデリカシーないっていうか天然っていうか女心わかってないっていうか、まぁそんなとこがあるのは否めないんで。こう言っちゃなんですがルカさんは、ホラ、あーいう人じゃないですか。えー、気位が高いと言いますか」
「ナイス表現」
絶妙な言い回しに、カイトが吹き出しながら親指を立てる。
まぁ、有り体に言ってしまえばプライドが高いということだ。
「だから、絶対に兄さんの方に何か原因があるんですよ。だってホントに嫌な仕事だったら、ルカさん最初から受けないでしょ?」
その通り。
ミクのおかげでボーカロイドの知名度が確立したあと2年間の熟成期間を得て、さらに向上した技術とバイリンガルという話題性としては申し分ない舞台を与えられ満を持して登場した最新のボーカロイド。巡音ルカはそんな完璧にお膳立てされた状態でこの世界にやってきた。
だから、なのか元々の性質なのかはわからないけど、彼女は仕事に対してけっこう自我を通そうとするところがある。
誰かさんと違い最初から仕事を選べる立場だから、自分のイメージと著しく異なったりキャラ崩壊と言われるような仕事は絶対に受けたがらない。また、その類稀なる美貌を生かしたイメージ映像やグラビア撮影のような仕事も、ボーカロイドなのにどうして、と嫌がる傾向が強い。
それでも、「相手ががくぽだから」という理由でルカが最初からオファーを断ったことは、今まで一度たりともない。それなのにいざ仕事に入ると、がくぽを拒否る上、時にはフルボッコにしているわけで。
確かに事態だけを傍観すれば、仕事を引き受けたルカに対して毎回毎回がくぽが何かしら彼女の機嫌を損ねてる、という展開に見えなくもない。
カイトがこっそり「かわいそうに」と呟いたのに、メイコも頷いて同意した。
「…メイコさんとカイトさんから見たルカさんって、どんな方ですか?」
困りきった顔で、紅茶カップを両手で持ちながらグミが上目使いに尋ねるので、彼らは顔を見合わせた。
カイトがケーキを食べていたフォークを口にくわえたまま行儀悪く腕を組んで視線を宙に向ける。
「…まぁ、落ち着いた子、だよね」
「そうね。見た目通りクールビューティ」
「感情を表に出さないというか。あ、でも食卓に海鮮もの出すとソワソワするな」
「礼儀正しいし、真面目だし、言葉も丁寧だし、私たちからしたら比の打ちどころのない後輩ね」
「時々オレをねめつける視線が怖いけど」
「それはカイトがバカなことするから」
そう言って彼の頭をこづきながら、メイコはグミに安心させるように笑ってみせる。
「…悪い子じゃないのよ。ただ、なんていうかな…きっとまだ色々、抱えてる部分があるんだと思うの」
「見た目ほどは器用じゃないってこと」
「そう、なんですかね?私なんかから見たら完璧超人に見えますけど」
「強がりなんだよ」
カイトがおかしそうに笑いながら言うので、メイコが肘で突ついて牽制する。
「…あのね、がくぽ君は何も悪くないと思うわ。それはわかる人にはわかるし、ルカ本人もわかってるはずだから。…お兄さんが理不尽な目に遭わされていい気分じゃないでしょうけど、グミちゃんももうしばらくは…見守っていてあげてくれないかな」
苦笑するメイコを見つめたあと、グミもつられたように眉を下げて笑った。
「…そですね。なんだかんだ言って、うちの兄も楽しそうにしてますし。マゾなんですかね」
「やだグミちゃんたら。ボーカロイドの成人男子ってどうして変態ばかりなのかしらね」
「ホントですよね」
「…なんで2人ともオレを見ないの?」
朗らかに笑い合う2人に、カイトは控え目なツッコミを入れた。
【ぽルカ】 あなたのことが好きです。ウソです。
*前のバージョンで進みます。3ページあります*
書いていてこれが真のリア充か…と指が震えました。
うちのルカさんは、タイトルお借りしました「トエト」と「ダブルラリアット」を足して2で割り「ggrks」をトッピングしたハイパー乙女です。
ぽルカはどこぞの年長みたいに薄暗い物を抱えてないのでMAX少女漫画。可愛すぎる…。
ルカさんを高慢ちきで嫌な女みたいに書いてる箇所がありますが、あくまでダブルラリアットなのでお許し下さい。見守ってあげて下さい。ルカさんはいい子。
前半は兄姉と妹のぽルカ談義。後半からリア充が火を噴きます。相変わらず年長が出ばってます。
当日投稿できないからフライング!ルカさんお誕生日おめでとう!大好き!
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それは単純に数の差と、やはりそれぞれの性格の問題だろう。
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