「もうっ!おにいちゃんとはお買い物行かないっっ!!」
帰って早々リビングに買い物袋をぶちまけ、ミクは頬を膨らませて叫んだ。
大小色とりどりの紙袋、中身は洋服だったり鞄だったり雑貨だったり。
今日は久々のオフにミクが買い物に行きたいというので、丁度同じオフだったカイトが荷物持ちとして同行したのだが。
「どしたの、カイ兄なにしたの?」
目を丸くして聞いてくるリンに、カイトは気まずい苦笑いを返してえーとと口ごもる。
「もしかしてミク姉の買い物そっちのけで自分のマフラーばっか見てたとか?」
「それならまだいいよ!それならわたしは1人で気楽に見て回るもん!」
「じゃあ逆にものすごくしつこく付いてきてうるさく口出ししてきたとか」
「うわ、それはウザイ。ウザイト」
いつの間にか加わったレンの言葉に、リンが全力でドン引く。
「それでもまだいいよ!わたしのことちゃんと考えてくれてるってことでしょ!」
「なに、マジで何したんだよ兄貴」
「いやーなんというか…ごめんミク。ほらミルクティー」
「おにいちゃんは可愛い妹のことなんかどうでもいいんでしょー!!」
戦利品の真ん中に座りこんでボフボフ叩いていたクッションを、キッチンから現れた兄に思い切り投げつける。カイトは首だけを動かしてそれをよけつつ、相変わらず苦笑いだ。否定しないということは本人にもしでかした自覚はあるらしい。
「じゃあ今からゆっくりお話を伺いましょうか。カイトさん、私にはコーヒーをお願いします」
いつの間にか登場したルカが当然のごとく微笑み、ソファの上で優雅に足を組んだ。
ミクに飲み物を渡したらその場を逃げ出そうと思っていたカイトはその言葉にガッチリと首根っこを掴まれ、えっ、と言う間もなく「リンはミルクセーキ!」「俺はコーラ」と続く注文。
観念し、「公開処刑…」と呟きながらすごすごとキッチンに戻っていくカイトだった。

               *

仕事で可愛い服はいくらでも着れるミク達だが、プライベートな時間の中自分で選んだ服を買うという行為は、女性にとって男が理解できないレベルで特別なものらしい。
ミクは訪れた大好きなショッピングモールで、溢れかえる冬の新作に目を輝かせていた。
「ひゃああああ…!どうしよおにいちゃん、すっごく時間かかっちゃうかも…!」
「好きな店全部回ったらいいよー。オレは適当に付いてくから」
「わーーい!!!!」
さすが、女性の買い物には慣れている様子で笑う兄に背中を押され、ミクはテンションMAXでお気に入りの店1件目に突撃していった。
みんなのアイドルとしてではなく、素の16歳の姿ではしゃぐ妹は無邪気で可愛いものだ。
その背中を見送りながら、カイトは手許の携帯をいじる。
男が女の買い物に付き合う時は、決して急かさずイラつかずのんびりと待つのが最良にして唯一の方法だと身を持って学んだ。かつて自分にそれを教えてくれた女性に対して家を出てからすでに3通のメールを送っているが、未だに返事は来ない。
はぁ、と頭を垂れた。久しぶりに本格的に怒らせたなぁ、と。

つまらないことで朝っぱらからケンカをして、メイコは怒ったまま仕事に行ってしまった。
明日はデュエットの収録があるし、次の休みはデートの予定だし、彼女の不機嫌が長引くのは非常に面倒なのでなるべく早めに改善しておきたい。まぁよくよく思い返すと自分が悪いような気がしないこともないから、とりあえずはこちらから先に謝っておこうと思ったのだが。
もしかしたら仕事中でメールが返せないだけかもしれないけど、なんとなく落ち着かない。
これはご機嫌取りの一つでもしないといけないだろうか。最近そういうのしてないから勝手を忘れている気がする。
まぁ実際に顔を見て2人きりで抱きしめてでもやれば、案外とメイコは簡単に落ちるから別に焦ることはないんだけど、このままだと顔すら合わせてくれない可能性があるし、こじらせると厄介だし、ご機嫌取りとかさー全くめんどくさいなぁ、とぶつぶつ1人ごちていると。
「おにいちゃーん」
基本的に店の外で待っているつもりだったが、ミクが店の中から手招きして自分を呼んでいるのに気付き、カイトは身を起こして煌びやかな店内に入っていった。

カイトには派手だとかなんかすごいとかわーリボンだーとかフリフリだーとかしか感想の出てこないティーンの服に囲まれる中、ミクが2つのスカートを交互に示して見せる。
「どうしようさっきからどっちも選べなくて。ねぇねぇ、どっちが可愛いかなぁ」
「…どう違うの?その2つ」
「えぇっ!?全然ちがうよ!?ここのチェックの色と、レースの種類とボタンも違うし」
「あぁあああそうか、わかったごめん」
慌てて理解を示すが、胡乱な目つきで睨まれる。
「ねぇ、どっちが似合う?」
「ミクならどっちも可愛い可愛い」
「んもうそうじゃなくてぇ!」
もちろん本心で言っているのだが、ぶっちゃけ違いもわからないのにどっちが似合うも何もあったもんじゃない。
色々適当に褒めたりすかしたりしていると、ふと離れた場所にある別のスカートが目に入った。
ミクが手にしているミニよりは少し長め、膝上くらいの、薄い生地を何枚も重ね腰の下から控え目にふんわりした曲線を描く白いスカート。
なぜかそれを目にした時、件の恋人の姿が目に浮かんだ。
「…こういうのも、ものすごーく似合うと思うんだけどなぁ」
何気なく手にとって呟く。
「え、ホント?そうかな?」
「うん。あんまりこの路線着ないけど。すっごい可愛いと思うよ」
ミクが嬉しそうにそうかな、そうかな、と頬を染める。
「もーそこまで言うなら試着しちゃうよーえへへー」
「えっ。ミクが着るの?」
「えっ」
スカートを貰い受けようとして、兄の意味のわからない言葉にミクは固まった。
そのままで数秒。
いきなりハッと目を見開いたカイトは、なぜか顔を赤らめてわざとらしくゴホゴホと咳をしながら、ミクにスカートを渡す。
「…や、いやいや。うん。…どうぞどうぞ着てみて」
「……………おにいちゃん」
「……」
「……」
じっとりと睨み上げてくる視線。カイトの足はすでに逃げかけている。
「もしかしておねえちゃんのこ」
「よしオレは外にいるからミクはゆっくり買い物しておいで!じゃっ」
一瞬で店から飛び出していった兄に取り残され、ミクはしばらく呆然としてから大きなため息をつくしかなかった。

そのあとも、珍しく兄が店に入ってきて何かを見ていると思えばどう見てもミク向けというよりはもう少し大人の女性が身につけて可愛らしいと評されるようなアイテムばかりで。
嫌味で「それはミクに似合うと思いますか」と背後から聞いてやると、案の定「いやミクには無理でしょ。こういうのはメイコみたいなのが着たら一番映え」…とそこまで言って我に帰り、ミクの冷たい視線にハハハと乾いた笑いをもらすこと、片手の指で足りないほど。それ以外にもやたらと赤い物を手に取ったり高級なアクセサリー店に後ろ髪を引っ張られたりと、何を考えているのかは一目瞭然だった。
その後はカイトがミクを似合う似合うと褒めそやしても白々しくしか聞こえないのは当たり前で、ミクはすっかり不機嫌になってしまい、最初はミクのお小遣いで買っていたはずの買い物が、いつの間にかレジではカイトが財布を出すようになっていた。
当てつけとばかりに大量に荷物を買わされ持たされへとへとになりながら、それでも文句を言う権利はないんだろうな、と、妹の後ろを大人しく付いて行く兄の姿。
そんな一日。

                 *

「…ないわぁカイ兄」
「ないですね」
「まぁ、ないな」
「すいません」
最初から反論する気などないカイトは、みんなの蔑みきった視線に清々しいほど潔く頭を下げた。
「せっかく久しぶりにおにいちゃんとお買い物に行ったのにこの扱い!ひどいよ!!」
「これだから私は男性と買い物なんか行きたくないんですよね」
「そもそも荷物持ちやってりゃいいんだろみたいな態度がムカつくっていうかさぁ」
「違うよね!買い物しながらどっちがいいかとか、そういうの!」
「そうそう、そういうのが楽しくて誰かと行くのにね。超めんどくさそうにされたりー」
「かと思えばとんちんかんなフォローしてきて興ざめさせられたりしますしね」
「「わかるー!」」
途端に居心地の悪くなったレンは床に頭をつけている情けない兄を恨めしそうに睨み、話題を変えようとあえて声を張り上げた。
「ったく、ホントに兄貴は常にねーちゃんのことしか頭にないんだからよ」
「そうそう!だからおにいちゃんは“ダメ”なんだよー!」
「ダメですねぇ」
「ダメだよねー」
「ダメってなんだよダメって!それにそこまでめーちゃんのことばっかり考えてないし!」
焦ったように顔を上げたカイトに突き刺さる、4人の冷たい視線。
「考えてるから今日みたいなことになるのでしょう?何かいいわけが?」
「いやいや、今日はたまたまだから。いつもはもっとちゃんと気遣える男だしねオレ!」
「自分で言うなし」
「そんないつもいつもめーちゃんのことばっか考えてるって…オレバカみたいじゃないか」
「だからバカなんだって」
「めー姉バカ」
「メイコ廃」
「メイコ厨」
「まぁ親衛隊隊長さんだから仕方ないけど」
「だから違う!!…いやそりゃね、めーちゃんのことはもちろん好きだけど、いくらなんでもそこまでじゃないっていうかね。うん。ちゃんと公私は弁えてるしね。メイコのご機嫌取るのだってわりとチョロいっていうか、別にケンカしたからってそんな気にしないっていうか、いつもオレの方から謝るってこともないしね。うん。オレは余裕のある男ですからね」
何を必死になっているのかベラベラと誰も聞いていない能書きが止まらない長兄から全員が大ひんしゅくを買っている中、ふいにカイトの携帯がMEIKOの萌え曲を鳴らす。
「―――ッもしもしめーちゃん!?」
即座に音速で通話ボタンを押した正座姿の背中に、男の余裕などどこにも見当たらなかった。


「仕事終わった?…え?…うん。…そっか、うんいいよそうだと思ってたし…いや、いいから。……えっと。………うん……オレも、ごめん」

「…あー、もしかして2人ケンカしてたのかな?」
「あー今朝なんか姉ちゃん機嫌悪かったしそうかもな」
「なるほど、そういうことですか」

「…あのさ、実は今日さ、ちょっと渡したいものがあって。…え、いやいやいや違うけど別にそんなんじゃないけど、そのなんていうか偶然」

「おにいちゃん、おねえちゃんに何か買ってたんだ!?いつの間に!?」
「リン、これは指輪と見た!」
「それは重いだろ。服じゃねーの?」
「女性にみだりに服を送るのも問題ですよ?」
「…スイマセン」

「別に、無理やりとは言わないけど、その、めーちゃんがいいって言うなら…。……ホント?…いや、そんな大したものじゃないけど…うん、わかった。………え?このあと?」

「!?このあと!?」
「…まぁ私たち夕食も済んでますし、お好きになさったらいいと思いますけどねぇ…」
「…カイ兄、リン達がここにいるの絶対忘れてる」

「このあとって…いいの?めーちゃん疲れてない?…本当に?…え、違うって。……はは、わかった。めーちゃん可愛い。あははごめん。……今どこ?――OK、すぐ行く」

通話を終えた瞬間立ち上がり、走り際コートだけを手に取るとカイトは後ろも振り返らずに大急ぎで部屋を出ていった。

その後残された4人の間には、当然のごとく白けたムードが漂うわけで。
「……余裕のあるオトコ、ねぇ~」
「おにいちゃんマフラー忘れてる!…ってもう行っちゃったし」
「朝帰り乙。…あーくだんね風呂入ろ」
「まぁ多少は楽しめましたから、よしとします」
「あっレン、リンも一緒に入るー!」
「ダメです」
どんどんスルースキルの向上する4人であった。

                 *

翌朝まんまと朝帰りを果たした長女と長兄であるが、カイトの首に見たことのないマフラーが巻かれ、メイコの耳たぶに見たことのないピアスが光っているのを見ても、妹弟たちが華麗にスル―したのは言うまでもない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】カイトさんの男の余裕

自覚のないバカップルは真にタチが悪いというお話。りあじゅうばくはちゅしろ

うちのカイトは残念なイケメンを地で行く人です。
わりと何にでもどっしり構えてはいるけどメイコに関しては一切の余裕がない上に自覚もない。始めからメイコとリア充だったので異性を必死で口説いた経験がなく恋愛スキルはかなり低い。あんまりデリカシーとかないしメイコと自分さえ良ければいいという自己中気味なので、愛想は無駄にいいから女は寄ってくるけどメイコONLYの本性知ったら向こうから離れていくので結果的にはモテない。まぁある意味黒い男なんでそういうとこはモテるかもしれん。

……ボロクソだな!どうしてこうなった!一応褒めてるんですけども!
よそ様で見る「天然タラシのカイト」って死ぬほど好きなんだけどなぁ~…ぬおぉ書けぬぅ

閲覧数:1,628

投稿日:2011/12/08 22:29:22

文字数:5,032文字

カテゴリ:小説

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