がくぽとロシアンたちが去って行ったその晩。

　街角にたたずむ、小さなバー『whine＆wine』。

　そのバーのバーテンダー―――白い髪、紅い瞳、グラマーなボディの美女―――弱音ハクは、カランカランと鳴ったドアのほうに振り向いた。

　そこには赤い衣装に身を包む女性。メイコである。

　ハクはにこやかに笑って声をかけた。


　「いらっしゃい、メイコさん。お久しぶりですね。」

　「やっほ、ハク。リンの暴走での傷が癒えて以来だから、もうかれこれ七か月ぶりかしらね。…いつものをお願い。」

　「カオス・スピリタスですね。わかりました。」


　ハクはにこやかに言って、後ろの棚から数種類のスピリタスを取り出した。その間に、メイコはカウンターに座った。

　メジャーカップで軽やかにシェイカーにスピリタスを入れながら、ハクはメイコに話しかけた。


　「昨日今日と、何か騒ぎがあったようですね。」

　「ああ…がくぽがやってきて、私たちを殺そうとしたのよ。」


　メイコはハクに、事の顛末を話して聞かせ、リンとレンの音波術が覚醒したことも教えた。ハクはそれを、シェイカーを振りながら聞いている。


　「まぁ、がくぽには感謝しなきゃかもね。奴のおかげで、リンとレンも力を手に入れることができた…。」

　「ふふ…良かったですね。皆さんが町を守ってくれるおかげで、私も安心してバーを続けられます。…はい、どうぞ。カオス・スピリタスです。」


　メイコの前にカクテルが置かれた。カオス・スピリタス。風味がそれぞれ微妙に違う様々なスピリタスを組み合わせ、混沌としていながら一本筋を通した力強い辛みが特徴のカクテルで、各種96度以上のアルコール度数を誇るスピリタスから作られたために、メイコ以外が飲むと一舐めで三途の川を見に行けるという、通称「毒のカクテル」略して「ドクテル」である。


　「ありがと♪くぅ…っぷはあ…。あんた、また腕上げたね。」

　「ありがとうございます♪」


　ずっとやさしげな雰囲気を保っていたハクの顔に、初めて喜びの表情が生まれた。

　カオス・スピリタスを飲みながら、メイコは話を元に戻した。


　「…だけどよく言うねえ…あんたが本気出したら、あたしたちなんかよりよっぽど最強じゃないのよ。」

　「…私には、持久力がありませんから。それに、皆さんが強くなるのに呼応して私の力は強くなれるんです。皆さんが強くなかったら、私は弱いボーカロイドです。」

　「そういえばそうだったわね…面白い力よね。マスターも面白いこと考えるわよね。」


　しばしの静寂。その後、メイコがぼそりとつぶやいた。


　「…あんた、まだミクたちに負い目持ってんの?」


　ぎしり、とハクの体が硬直する。


　「やっぱり…か。ミクたちはあんたの力の事なんか知らないんだからね。『プロトタイプの分際で本物より高等な力を持っている』なんて考えたって、全然意味ないのよ。」

　「…そんなつもりじゃないです。ただ…私の力はすごく卑怯な力です。このことを知られて、ミクちゃんやリンちゃんに嫌われたくないんです。」


　はぁ、とため息をつくメイコ。


　「あの子たちはそんな子じゃない。それは分かっているでしょう?」

　「はい…でも…。」


　もう一つ大きなため息をついて、メイコはカオス・スピリタスをぐっと飲み干した。

　そしてアルコール度数90度以上のカクテルを飲んだとは思えない軽やかな動きで立ち上がった。


　「…無理はしなくていいけどね。ただこれだけは覚えといて。ミクたちはなぜあんたがほとんど会おうとしないのか、すごく不思議がってるわよ。一度でいいから会うか、真実を伝える事ね。…また来るわ。その時までに決めておきなさいよ、どうするか。」

　「…はい。またいらしてくださいね。その時には、答えを用意しておきます。」


　メイコは静かな足取りで、『whine&wine』を後にした。