「よーい、どん。」
そう言った瞬間、カイトの体は弾かれたように前へと突進した。
え、と思った瞬間には、向かってきていた男の横をすり抜け突破し、カイトはリンを捕らえている男にその勢いのまま体当たりをしていた。不意を付かれた男は吹っ飛び、カイトも捕まっていたリンも地面に転がる。が、くるんと柔らかな身のこなしで体を回転させ、その前傾姿勢のままカイトは転がっているリンを抱きかかえると地を蹴り再び前へと走った。
景色が流れ去り、風が体を打つ。足の裏が地を蹴る感触に、駈けろ。と体中が叫ぶ。駈けろ駈けろ。そう血が騒ぎ肉が動く。
風のように疾走するカイトに人々が道を開けて、声をかけてくる。いいぞ。とかもっと走れ。とか。そんな言葉を耳にカイトは左と右の足を交互に動かし前へ前へと進む。腕の中、後ろ向きで抱かれたリンは凄い凄い。と声を上げて笑った。
「凄い速い!何これ。あいつら必死で走ってるけど追いつかないよ。」
きゃあきゃあと興奮した様子で叫ぶリンに、カイトはレンは?と尋ねた。
「レンは逃げた?」
「大丈夫。横道に入ったし、カイトを追いかけるのにみんな必死でレンのこと見てなかった。」
そう楽しそうに言ってリンはもう一度凄い。と叫んだ。興奮するリンに、カイトは苦笑しながら、リン、しっかり捕まってて。と言い、目の前に流れる幅の広い水路を飛び越えた。
走って逃げて走って。追っ手を振り切り、カイトがリンを背負ったまま酒屋に行きレンと合流した。予定通り、店主が約束どおりかなりのおまけをしてくれた、酒を買って3人は家路を歩いた。
足を挫いたリンを背負い、左側に酒瓶を持ったレンが並んでいる。喧騒から離れ、小石だらけの道をてくてくとカイトたちは歩く。青い空に薄く刷いたような白い雲が滲んでいた。
「本当に、カイト足は速かったんだなぁ。」
「うん、びっくりしちゃった。」
そう双子が褒める。その言葉にカイトはくすぐったそうに笑った。
「俺にはこれしかないけどね。」
そう言うカイトに双子はそんなことない。と同時に叫んだ。
「確かに、足速いだけかもしれないけどさ。」
「でもおかげで助かったんだよ、私たち。」
そう言ってリンは背後から、レンは横からカイトにしがみついてきた。
ぎゅう、と抱きついてくる双子に、カイトが俺も役に立った?と尋ねると、勿論。と双子が声を重ねて言う。こんな自分が役に立ったのだ、と嬉しくて。にへら、と頬を緩めるカイトに、双子が重ねて、間抜けな顔。と笑った。
「間抜けでもいいよ。」
そう嬉しそうに笑うカイトに双子も、馬鹿じゃないの。と言いながら大声で笑った。
「あ、メー姉だ。」
そう背中の上からリンが声を上げた。見ると、メイコが集落の入り口で立っていた。
「メー姉。ただいま。」
そうレンが言うと、メイコは遅かったね。と腕を組んだ。
「また、あんたたちが騒ぎを起こしたんじゃないか。って心配したわよ。、、、て、やっぱり何か、やったのね。」
そう背負われているリンを見てため息混じりにメイコが言うと、双子は、にしし。と悪戯っ子の様な笑顔を見せた。
「ちょっとリンはしくじったけど。俺はちゃんと戦利品を獲たよ。」
そう言ってレンは懐からじゃらりと中身の詰まった財布を取り出した。
「また、あんたたちは。無茶はするなって言ってるでしょ。」
そうため息混じりに言うメイコに双子は、ごめん。と言った。
「ま、今回はリンが危なかったけどね。」
「でもカイトのおかげで助かったし、結果オーライだよ。」
そう悪びれた様子も無く言う双子に、メイコもそれ以上は言わず、財布を受け取った。
「リンは、ミクのところに行って治療してもらいなさい。」
「はーい。」
そう双子は返事をして、レンはリンが歩くのを手助けしながら、家の中へ向かった。
「本当は危険なことをさせたくないけど、正直なところ双子の稼ぎに期待しているところもあるから、ね。」
双子の背を見送りながらメイコはそうため息混じりに呟き、苦笑した。
「拾っても、ちゃんと世話できてないんだから。全く駄目よねぇ。」
そうカイトを振り返り、メイコが言う。自嘲を帯びたその笑顔に、カイトは首を横に振った。
「駄目じゃないよ。メーちゃんおかげで、俺、今こうして生きてるじゃん。」
そうカイトが必死に言うと、メイコはそうね。と笑った。どこか困ったような笑顔にどきりと胸がなる。
「慰めてくれてありがと。」
そう言ってメイコは手を伸ばし、軽くカイトの頭を撫でた。
「水浴びでもしておいで。あんた、全身泥だらけじゃない。」
そう言って、メイコは背を向けて家へ入っていった。その背中を眺め、カイトはなんだか自分が言った言葉はメイコに届いていないような気がした。
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