少年の言葉に少女はじろりと、とがった視線を向ける。その釣り上がり気味の目は赤く滲み、鼻の頭もふくふくとした頬も涙の名残で赤く染まっていた。
「泣き虫は毛虫と一緒に挟んで捨てられるぞ。」
そう揶揄するような少年の言葉に少女は、うるさいだまれ。と悪態をついてくる。
「目が赤いのは生まれつきだ。からかうだけが用事ならば、来るな。」
そう言って少女は頬を膨らませて睨みつけてきた。しかし、泣いている子がそんなことをしても、ちっとも迫力などない。
ふうん。とにやにやと笑いながら少年はごそごそと、懐から紙袋を取り出した。
「ばあさんの、りんご飴。」
いらないのか?
そう言ってぷらぷらと茶の紙袋を少女の目の前で揺らす。
「いる。」
そう言うが早い、少女は手を伸ばしてきた。が、それよりも早く、少年は紙袋を引っ込めてしまった。
「何するんだ。」
少女の非難する声に少年はにんまりと笑って、りんご飴をくださいおねがいします。って言ったらやるよ。などと意地悪を言う。
「りんご飴をくださいお願いします馬鹿野郎」
そうむっつりと、平坦な口調で言い切った少女に、最後の馬鹿野郎はいらないんだけど。と顔を皺くちゃにしながらも、少年は紙袋からごそごそと真っ赤なりんご飴を取り出して、少女に差し出した。
赤くて可愛らしいりんご飴。ぽってりと丸くて赤いその表面は、まるで磨きこまれたガラス細工のようにつやつやと滑らか。棒の先で可憐に輝くその姿に、泣いていた少女の口の端に無邪気な笑みが浮かんだ。
りんご飴を受けとって、少女は早速、くるりと巻かれているセロハンを外してかりりと食べ始めた。その横に腰をおろし、少年も紙袋の中から自分の分のりんご飴を取り出した。がりがりと甘い飴をかじると、林檎のしゃりりとした爽やかな感触が出てくる。その似て非なる感触が楽しい。
がじがじがりがり。しとしとと降りしきる雨の中、薄暗がりの鈍色に染まった世界の中で、りんご飴の赤だけが鮮やかに際立つ。
いったいいつになったら雨は止むのだろうか。と少年は空を見上げ、思った。
しとしとと静かに降り続ける雨は、まるで世界の終わりを示しているかのようだ。このまま全てが終わってしまうのか。全てが変化してしまうのか。カミサマはいつ帰ってくるのか。わからない。
わからないことばかりで、苛々とする。
かじがじと、少年は鼻の頭に皺寄せて、苛立ちをそのまま目の前の赤いお菓子に向けた。がじがじがりがり、とりんご飴を勢いよく噛み砕いて咀嚼して飲み込んで。全てを平らげて、後に残ったわりばしを、ぽいと放り投げて。ふん、と満足げな鼻息を一つ、大きく吐きだして。少年はふと少女に視線を向けた。
少年の横で少女は、ほろほろと涙をこぼしながら、かりりかりり、とゆっくりとりんご飴を食べていた。
こいつはわからないことばかりで悲しいんだな。
雨粒なのか涙粒なのか分からない、少女の頬を伝う水滴を眺めながら少年はそう思った。
「泣くのか食べるのか、どっちかにしろよ。」
そう言って少年が、手を伸ばして少女の頬をぶにりと抓ると、うるさいよ。と少女は吐き捨てて、ごしごしと手のひらで涙をぬぐった。
「カミサマの考えていることが分からない。」
かりりとりんご飴を齧りながら、少女は言った。
「なんで勝手にどっかに行っちゃうんだ。なんでひとことも言わずに行っちゃうんだよ。どこに行くとか、いつ帰ってくる、とか。なにも言わずに行くなんて、意味が分からない。」
つらつらと言葉を連ねているうちに悲しみが膨らんできたのだろう。ぽつりと少女の大きな瞳の縁から新たな水滴が顔を出し、ぽたぽたこぼれおちた。
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